蜷川幸雄と鴻上尚史、それぞれ違う“闘いの稽古場”
──ご自身が若いころと比較して、若手俳優と共演していて感じるのはどんなことですか?
「昔って、舞台でも映像でも最初はちょっと構えてしまうところがありましたけど、今はみんな子どものころから親がビデオを回していたりするので、撮られることに慣れているし、人前で何かをするってことに対する拒絶感みたいなものは、ほぼないんだなって思う。
それで若い俳優が舞台をやるときも、みんな“舞台が楽しみです”っていうコメントを出すじゃないですか。僕は舞台が楽しいって思ったことは1回もないですから、それを聞いて驚きましたよ。だって、僕の師匠は、蜷川さんと鴻上(尚史)さんっていう、もうほんとにひどい人たちでしたからね(笑)。
蜷川さんの場合は、稽古はそんなに長くないんですけど、出来が悪いと激しく怒るので、本番になるとラクだなって思っていました。鴻上さんは蜷川さんと真逆で、長時間死ぬほど稽古をして、怒鳴らないけど真綿で首を絞めるようなダメ出しをしてくるんです。“おまえのその演技では人は感動しない。なぜかと言うと、おまえの家族はどうのこうの……”って、遺伝子までダメ出しされるんですよ。僕はそれで一言もしゃべらずに、下を向いてずっと聞いてて。心の中で何度も呪ってました(笑)」
──すごい闘いの稽古場ですね。
「だから、稽古よりも本番のほうがラクだったんです。やれば終わるので。特に第三舞台は紀伊國屋ホールで上演することが多かったんですけど。あの劇場は客席の一番後ろの奥に、つかこうへいさんもそこで観ていたという小さい部屋があるんですね。で、僕らが舞台に立っている本番中に、その部屋で鴻上さんがタバコを吸っているのが見えるんですよ。そうすると、僕がセリフをしゃべっているときだけ、タバコの火が赤くなるんですよね。それを見て“あ~、おまえの芝居つまんね~な~”って思ってるんだろうなって想像しながら2時間舞台に立って。また翌日には鴻上さんからものすごいダメ出しがあるんです。だから、舞台が楽しいなんて1回も思ったことないですもん」
──それでも、ご自身の俳優人生を振り返って、転機になったと思われることは、やはり蜷川さんと鴻上さんとの出会いということになりますか?
「そうですね。でも、もともと僕は役者になろうとは思っていなかったし、演劇の歴史も何も知らなかったので、蜷川さんと出会えたから、演劇の本をたくさん読むようになりましたし。まあ、読まないとついていけなかったので」
──蜷川さんのもとでの演劇修業を経て、1987年に劇団「第三舞台」に入団されて、本格的な俳優人生をスタートされましたが。
「鴻上さんのところは、本当に身体をすごく使って、点もマルも入らないくらい早口でセリフをまくし立てて、2時間動きっぱなしの芝居で。蜷川さんと鴻上さんのまったく違う2つの芝居が、うまく自分の中で融和しなかったんですね。それを融和させてくれたのが、木野花さんなんです。僕は蜷川さんのところでも、鴻上さんのところでも、たぶんすごく中途半端だったと思うんですけど、木野花さんの演出を受けて、すべてが結びついたというか。蜷川さんの新劇系とアングラ系の流れもくみながら、当時の最先端の芝居のやり方を、うまく結びつけてくださったので。その3人が、今の僕を作ってくれました」
──以前よりは、舞台が楽しくなっていますか?
「楽しくはないですよ。トラウマは簡単にはとれません(笑)。舞台に上がるとよみがえりますね。当時は、芝居をお客さんに向けて作っていたわけではなくて、蜷川さんや鴻上さんが、OKを出すか出さないかが基準だったので。だからどんな舞台をやるときでも、あのうるさい人たちをまずうなずかせないと、次にいけないという感覚はあります。楽しむっていうよりも、“どうやったらあの二人を倒せるか”みたいな。いまだにそれは抜けていないですね。あの二人が思いつかないようなアイデアを自分で出したい、みたいな思いは常にあります」
「芝居とサッカーは似ている」独自の考え方
──舞台に入る前の体力づくりなど、若さと健康を保つためにされていることは?
「今朝もやってきましたけど、僕はいまだにサッカーをやっているので、それが体調管理のベースになっていますね」
──高校時代はサッカー部に所属されていて、『FOOT×BRAIN』(テレビ東京系)というサッカー番組のMCを長年務められているなど、サッカー好きで知られていますが、勝村さんにとってサッカーとはどんな存在なのでしょうか?
「生活です。『FOOT×BRAIN』でも、よく言ってるんですけど。“サッカーを文化に”とみんなが言い始めていたときがあって、それじゃあ海外に追いつかないから、文化じゃなくて生活なんだって。日常の中にあるものなんですよね。海外でサッカーが文化なんて言ってる国はないですから。
あと昔から、芝居とサッカーは似ているって言い続けています。蜷川さんのところでもやっていたんですけど、舞台期間中も仲間を集めてボールを使って説明したりしていました。そうすると体力もそうだし、手を使えないサッカーは経験していないと思い通りにいかないから、身体の使い方でも演劇にとてもプラスになるようなことがあって。
あとは、サッカーのポジショニングって、演劇のミザンセーヌ(作品の筋、登場人物を作り出すこと)だったりするんですよ。頭のいいやつって、(舞台上で)いい位置につくじゃないですか。実はサッカーもそうで、人によって自分がどこに動いたらいいか、この人だったらここにいてもパスを出してくれるっていう信頼性も生まれる。身体の使い方も、ボールを使うと自然とうまくなっていくんですよ。僕独自の考え方ですけど」