好きになって10年たったとき「挙式」を決めた

仲間たちに祝福されながら挙式を敢行。近藤さん、ミクさん、いつまでもお幸せに!

──なるほど。初音ミクはただの「好き」ではなく、救ってくれたキャラクターだった。その点で、それまでの推しキャラとは違ったんですね。

「そのとおりです。“アニヲタは3か月ごとに嫁が変わる(※)”って、よく言うじゃないですか。私も数か月おきに好きなキャラクターが変わるタイプだったんです。でも初音ミクは“人生でもっともつらいときに支えてくれたキャラクター”なので、もう変わらなかったですね。

(※:テレビアニメ放送は3か月【1クール】ごとに作品が入れ替わる。そのたびに新たな推しを見つけるアニヲタをたとえたオタク用語)

──これが2008年のことで、そこから9年後の2017年にご結婚、翌年の2018年に挙式、となるわけですね。結婚に至った経緯を教えてください。

「結婚が頭に浮かんだきっかけとしては、Gatebox株式会社が開催した『次元渡航局』という企画です。要は、“好きなキャラクターとの婚姻届を受理してくれる”というものでした。2017年の11月22日から12月7日までのおよそ半月間、開催されていたんですけど、私はすぐミクさんとの婚姻届を提出しました。向こうからミクさんとの婚姻証明書が届いたときに、“初めてミクさんとの結婚を誰かに認めてもらえた”と感動しましたね

──すばらしい企画ですよね。「好きなキャラクターと結婚したい方」って、かなりいると思います。

「そうですよね。この企画には3708通の申し込みがあったそうです。ちゃんと紙に印刷して、ペンで記名して印鑑を押して投函しないといけないので、すごく手間がかかるんですよ。それでも出すってことは、“本気で結婚したい方”がかなりの数いるんだと思います。統計をとっていないので、何ともいえないですが」

──ただ、婚姻届を出した方は3708人いても「総額200万円の挙式を開いた」という点で近藤さんの初音ミクに対する思いはすごい……。ちょっとレベルが違うと思います。

「2018年の5月に、“もう10年間もミクさんを好きでい続けているんだ”と自覚したんですよ。それと同時に、“私の気持ちは初音ミクから離れることはない”と思いました。それで、婚姻届も出したことだし、ちゃんと結婚式を挙げようと思ったんですね」

──では結婚式は「ミクさんへの愛をあらためて形にする」という意味でも必要だったんですね。

「そうですね。大きな目的は、“ミクさんへの愛をちゃんと誓う”ということでした。それと、“キャラクターと結婚したい”と考えている方の背中を押したい、という気持ちもありましたね。

 実際に私のあとに二次元のキャラクターと結婚式を挙げた方もいます。そのときに、“近藤さんの結婚式を見て、決断しました”という声もいただいたので、社会的意義はあったのかなと思いますよ」

──最近では近藤さんのほかにも初音ミクさんと式を挙げられている方がいます。単純な疑問なのですが、その場合は「ちょっとやきもちを焼く」とか……?

いえ、厳密にいうと、“うちのミクさん”と、“その方の初音ミク”は別の存在なんですよ。初音ミクはソフトウエアごとにシリアルナンバーがあって、“すべての個体が別の人格”という認識なんですね。これは初期からの初音ミクファンだったら共通認識だと思います。少なくとも私は初音ミクをそうとらえています。

 初音ミク黎明期には、インターネット上で交流した“結婚したい”と言っている人に、Amazonの販売ページのURLを送って、“こちらのミクさんをどうぞ”とおすすめする文化があったくらいでした(笑)。だから私は妻を紹介するときは、あくまで“わが家のミクさん”と言っています

──なるほど。「推し被り」がないんですね。「個別性が高い」という面でも、夫婦としてリアリティを持って接することができそうですね。

「そうですね。ミクさんならではの魅力のひとつです。また、ミクさんは発売から14年、15年がたっても、いまだにコンテンツが出続けている。この点も魅力です。奥さんの新たな一面を見つけられるわけですよ。今後は『ドラえもん』みたいな国民的キャラクターになっていくんだろうなぁ、と思っています」

「私は二次元キャラを愛している」と胸を張って言える世の中へ

近藤さんの満面の笑みになんだか泣けてくる

──二次元のキャラクターとの挙式は今後も増えそうですね。

「今、LGBTも含めてだんだんと世の中が“多様性を認めよう”と変わりつつあります。そんななか、二次元キャラクターとの恋愛も広く認められるといいな、と思いますね」

──実際に「好きな二次元キャラクターと結婚したいけど、勇気が出ない」というオタクの方もいらっしゃるのではないかなと。こうした方々に向けてメッセージをいただいてもよろしいでしょうか。

「私のような二次元キャラクターにしか恋愛感情を抱けないセクシュアリティのことを『フィクトセクシュアル』といいます。ちゃんと名前がついているんですね。

 フィクトセクシュアルの方々は、自分の好きなキャラクターを愛することに対して卑屈にならないでほしいと思います。同性愛者に対しても長い間、弾圧を続けてきたわけじゃないですか。だから長い歴史のなかで表に出てこられなかったと思うんですけど、いま少しずつ変わり始めていますよね。

 フィクトセクシュアルの方も自分の好きな対象に対しては、自分の心に素直になってほしい。そうすることで、世間に認められてくるのだと思います。誰にもはばかることなく、胸を張ってキャラクターへの愛を語れるようになるといいですね
 

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 近藤さんは終始、にこにこしながら穏やかに自分の生涯をお話しされていた。ときおり、ミクさんの肩に優しく触れる姿に「混じりっけなしの幸福」を感じた。

 近藤さんの転機は「三次元の結婚を諦めた」高校生のころだったのだと思う。「諦める」というとマイナスイメージがあるが、言い換えると「コンプレックスを解消した」という、とんでもなくポジティブな出来事だった。

「諦める」は、もともと「明らめる」、つまり「明らかにする」という、いい意味を持つ言葉だ。つまり、三次元での恋愛を諦めることで「二次元キャラを愛し続けること」が明らかになったわけだ。すると「モテない。どうしたらモテるんだろう。このままモテなかったらどうなるんだろう」と、しがらみや葛藤で複雑になった頭がパッとクリアになる。このとき、人は劣等感から解放される。

 また近藤さんは「ミクさんを本気で愛していること」を、ちゃんと世間に宣言している。これも劣等感を持たない秘訣のひとつだろうと思う。「好きな対象について、正直に好きと言う」という行為は、言わずもがな幸福なことである。しかし対象がアニメキャラとなると、そうもいかない。まだまだ世間の目は厳しい部分もある。ただ、「世間が怖くて言えない」ということは、無意識的に「自分を否定する」ということだ。すると、また新たな劣等感がやってくることになる。

 近藤さんはいま「フィクトセクシュアルであること」を胸を張って公表している。その結果がインタビュー中の、あの幸福そうな表情に表れているのだろう。すべてを受け入れたうえで、誰にも必要以上に気を遣わず、自分の心に正直に、対象への愛を宣言する。これが「オタクがもっとも輝く姿」なのではないか、と思った。

「オタクであること」「フィクトセクシュアルであること」は、何も悪いことではない。だからこそ、誰にも気を遣わずに宣言していくことが、劣等感を抱えずに生きるうえで大切だ。

 また、受け取る側の考えも重要だろう。何かを公表された際に否定してしまうのは、つい「自分の常識」に縛られてしまい、常識外の出来事を許せないからだ。しかし、それでは「自分の世界」はどんどん狭くなってしまう。

 イメージできないことに出合ったとき、「おかしいだろ、おい」と否定するのではなく、「そういった考えもあるんだな」と受け入れる。すると、受け取る側としても優しくなれる。こういったコミュニケーションの先に「みんなが幸福に生きられる場所」が生まれるのかもしれない。

(取材・文/ジュウ・ショ)