さまざまなタイプの女性と関わる中で価値観が変化

──ご自身の中でのターニングポイントは、作品が業界で認知されたころですか?

「ターニングポイントというか、自分の作品が世間に受け入れられるようになって、“自分が好きな仕事をやって、それで人が喜んでくれる”という成功体験を得られたのが大きいです。30代半ばのことですね」

──そこから、恋愛のマニュアル本を書くようになったのはどうしてですか?

「文章の仕事は80年代の終わりごろからやっていたんです。そしたら出版社の方から“男性がモテるためのテクニック本を書ける人を探している”と言われて。最初の著書である『すべてはモテるためである』は、出した当初はあまりヒットしなくて。でも、10年後に文庫にしたときにすごく売れたんです。女性向けの『なぜあなたは「愛してくれない人」を好きになるのか』も出しました」

──どちらも出版から10年以上たった今でも、読まれていますよね。

「上野千鶴子さん(社会学者)や湯山玲子さん(著述家)が解説を書いてくださったんです。信田さよ子さん(公認心理師)や國分功一郎さん(哲学者)が言葉を添えてくださったのも大きかった」

──上野さんなど、フェミニズムの論客がAV監督である二村さんの著書に解説を寄せたのはどうしてだと思いますか?

「最初のほうでお話ししたような、常識的なジェンダー規範を裏切っている家で育ったこともあってなのか、たぶん僕の恋愛論やセックス論って、あんまり男性的とは言えないんですよ。フェミニズムのことはよくわからないですが、AV作品にしても“女の人が強い世界を描きたかった”というより、単に“僕が興奮するものが、女が男より強い世界だった”から、それを描いただけなんです

──AVの撮影現場で、印象に残っていることはありますか?

「とにかく、いろいろなタイプの女性を知ることができた。事前に面接をして“この子ならエロいものが撮れる”と確信してたら、撮影当日に顔をパンパンに腫らしてきて、それどころじゃなかった女優さんもいましたね」

──顔が腫れるのですか?

「前の晩に彼氏に殴られたとかでね……。でも、AV女優になる女性が、トラブルに巻き込まれがちな人たちだとは思っていません。優等生だった人もいるし、すごく普通の子もいる。“特殊な人だから、そんな業界に入ったんだろう”と考える人もいるけど、それは普通に職業差別だし、“こういうパターンの女は、きっとこうなるだろう”っていう方程式を勝手に当てはめること自体が失礼ですよね。むしろ僕は女優さんをたくさん知ることで、人間は本当に一人ひとり抱えている物語が違うんだってことに気づかされました

──たくさんの女性と出会うことで、価値観も変容するのですね。

「AV男優になってなかったら口をきくこともなかったであろうギャルとも話せたし、同じような苦しさを体験した女の子同士が必ずしも仲よくなれるわけじゃない、なんて現実も知れた。女優さんだけじゃなく、自分を含めた男たちの意地汚さや暴力性とかもいろいろ見えました。仕事でセックスをす現場で、そういうリアルな経験をしたことは糧になったと思います」

──二村さんがAV業界に入られたときと現在では、周りの反応は違いますか。

「慶應の同窓会に行くと、周りが喜ぶんです。20代や30代のときは“二村って変わった奴だな、大丈夫か? “って感じの反応だった友人たちも、50歳を過ぎると定年が見えてくる年齢になるわけですよ。そうしたら、“自分たちの代わりに自由に生きてくれてありがとう”みたいな話をされましたね。

 でも、僕自身が自由に生きているかっていうと、そうでもない。セックスワーカーだって文章を書いて生活してる人だって、それぞれの世界のルールで生きている。有名人もお金持ちもそうなんだろうし、それぞれが思い描く幸せも違うでしょう。本人がどう感じているか、だと思うんです。でも、僕がやっていることに対して“自由に見える”って言ってくる人には、“はい、自由です”って答えてますね。そこで議論しても仕方ないから」

ご自身ならではの経験を糧に、道を切り開いてきた二村さん。さらなるご活躍をお祈りします! 撮影:吉岡竜紀
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 常に物事に対するフラットで柔軟な姿勢を保ち、鋭い観察眼で語る二村さん。後編では、「出会いが少ない」という現代の恋愛事情について、解決策とも言える持論を述べてもらいました。

(取材・文/池守りぜね)


【PROFILE】
二村ヒトシ(にむら・ひとし) ◎1964年、六本木生まれ。慶應義塾幼稚舎卒、慶應義塾大学文学部中退。AV男優を経て、'97年からAV監督。現在では定番になっているエロの演出を数多く創案した。著書に『すべてはモテるためである』 『なぜあなたは「愛してくれない人」を好きになるのか』(いずれもイースト・プレス)、共著に『オトコのカラダはキモチいい』(ダ・ヴィンチブックス)、『どうすれば愛しあえるの ──幸せな性愛のヒント──』(KKベストセラーズ)、『欲望会議』(角川ソフィア文庫)など。
本人Twitter→@nimurahitoshi

『なぜあなたは「愛してくれない人」を好きになるのか』(二村ヒトシ著/イースト・プレス刊)※記事中の写真をクリックすると、アマゾンの二村さんの著書一覧ページにジャンプします