ついに会社をやめた森本さん、今後の展望は

森本さんの地元・熊本県にて。「いろいろあったけれど、これからも記者・ライターとして自分が気になるテーマを追っていきたい」と明るく答えてくれた

 2022年になって、特定の相談員にだけ身元情報を明かす「内密出産」が話題となった。慈恵病院では'19年からこの方式を取り入れており、これまで4人以上が内密出産している。さらに同病院では、妊婦がいっさい身元を明かすことなく出産し、その後も匿名を維持しつづける「匿名出産」を受け入れることも明らかにした。

 そんなことから森本さんにも、内密出産について話をしてほしいとか、寄稿してほしいとかの依頼が3件、舞い込んだ。会社に報告すると、すべて却下された。

「あの本に載っているのは、私が自分で取材をして書いたことです。先方も私を指名して依頼してくださるわけだから、喜んで受けたいんです。それを会社がいいとか悪いとか判断するのはおかしい。私の尊厳が保てない。もう耐えられないと思いました」

 その日のうちに辞意を伝えた。慰留されたが、彼女の気持ちが組織に戻ることはなかった。

 29年間、まじめに仕事をしてきた会社、大好きだった仕事、人として大事なことを教えてくれた先輩や同僚たちと別れるのはつらかったが、とにかく組織の論理、しかも言論の自由を訴えるべき組織が検閲まがいのことをしたり圧力をかけてくる状況に、絶望と諦念しかなくなってしまったのだ。

「ギリギリまで耐えようとしたんですが、力尽きた。夫は、“何も間違ったことはしていないのだから堂々としとけ”と言ってくれました。双子の息子はひとりがやめるのに反対、ひとりは不明(笑)。いずれにしても、まだまだ子どもたちには学費がかかりますから、私もがんばらないと」

 今、彼女は「赤ちゃんポストは社会を映す鏡」だと思っている。困っている人に気づけない社会の問題、周囲の問題、同時に助けを求められない当事者の問題。赤ちゃんが絡むと、どうしても母親だけがフォーカスされるが、「それも実際にはおかしい」と彼女は言う。男性の責任を問われないのはなぜなのか、妊娠・出産は悪いことでも恥ずべきことでもないのに、どうして結婚外だと、あたかも「罪深い」ようにとらえられてしまうのか。

「少子化が進む日本で、本人が産むと決めたならもっと物心両面での支援があっていいと思う。祝福したいですよね、子どもに罪はないんですから」

 今後、取材したいテーマもある。中絶、社会的に養護されている子どもたちのこと、などなど。

「トータルで見て29年間、働いてきたことは誇りに思っていますし、関わってくれた人たちに感謝もしています。組織の中で、どこかでボタンを掛け違ったのかもしれない。ただ、私はどこを見て、何を見て取材をするのかということだけは忘れたくないんです。読者の知る権利をつぶす記者にはなりたくなかった」

 森本さんは、柔らかな口調で大事なことをきっぱりと言う。最後は、きりっとした表情がさらに締まった。

(取材・文/亀山早苗)


【PROFILE】
森本修代(もりもと・のぶよ) ◎1969年、熊本県生まれ。静岡県立大学在学中の1996年にフィリピン・クラブを取材して執筆した『ハーフ・フィリピーナ』(森本葉名義/潮出版社刊)で、第15回潮賞ノンフィクション部門優秀作。1993年、熊本日日新聞社入社。社会部、宇土支局、編集本部、文化生活部編集委員などをへて、編集三部次長に。2022年には約29年間勤めた同社を退社し、フリーライターとなる。

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