タナカくんが欲しがっていたお弁当箱

 そんなある日。

 タナカくんとよく伊勢丹の食器売場を歩いたなぁ……、と思って、ひさしぶりにぶらぶらしてみた。あの食器がいいねって言ってたなぁ……。「今度来たらあれを買おうよ」なんて言ってたお皿は、まだそこにある。思い出のたっぷり詰まった食器売場で、曲げわっぱのお弁当箱が目に入る。これ、欲しい……、って言ってたやつだ。じっと見てたらお店の人が

「最後のひとつになっちゃったんですよ」

 と言うから思わず買った。

 それに冷蔵庫の中の料理を詰めてみる。お弁当箱に収まりのいいように形を整えたり、煮物の水気が出ないように片栗粉をつかって煮汁をかためたり。仕立て直した料理がぎっしり詰まった弁当箱は、余り物のよせあつめじゃなく、どこか、よそ行き料理のように見えてくる。

残りもののおかずも立派なごちそうに!

 料理を全部弁当箱から引っ張り出して、お皿に盛ってもよそ行き料理には見えないのにネ……。なんだか不思議で、オモシロイ。

 そういえば色違いでおそろいの弁当箱を持っていた。新宿御苑の近くの街に引っ越したとき、お弁当を作って公園ピクニックをしようなんて思って買ったお弁当箱。買った直後の週末に、さっそく料理をぎっしり詰めて、さぁ、出かけようと玄関をでた途端に雨がザーザー降った。遠くでゴロゴロ、雷まで鳴り、「タイミングが悪かったネ」ってがっかりしながらボクはつぶやく。

ふたりが使っていた色違いの弁当箱

 タナカくんが答えてこう言う。

 もし、出かけた後で雨が降ったらそれこそ大変。このタイミングで雨が降ってくれるなんて運がよかったって思えばいいよ!

 そしてベランダにアウトドア用の毛布をひいて、雨を見ながらお弁当をふたりで食べた。

 どこでもお弁当箱を開ければ、たちまちそこがピクニック。

 そう言いながらふたりで笑った。この人と一緒になれてシアワセって思ったことを、ひとりでお弁当を食べならしみじみ思い出しました。

お弁当さえあれば、どこでもピクニック気分

*次回「【サカキシンイチロウさんが綴るパートナーとのおいしい記憶#4】遠くの有名店より“おなじみ”があるシアワセ」は明日(8月11日12時)公開予定です。

《PROFILE》
さかき・しんいちろう 1960年、愛媛県松山市生まれ。慶応義塾大学経済学部卒業後、店と客をつなぐコンサルタントとして1000社にものぼる地域一番飲食店を育成。現在は、飲食店経営のみならず、「食」全般にわたるプロデュースやアドバイスも手がけている。「ほぼ日刊イトイ新聞」の連載をまとめた『おいしい店とのつきあい方。』(角川文庫)など、著書多数。ブログFBnote等を毎日更新。食べることの楽しみを発信している。