人生の折り返し地点を過ぎると、親しい人との別れが身近になってきます。親や配偶者、友人たち……。大切な人を見送ったあとをどう過ごすかは、人生100年時代の大きな課題でもあります。
サカキシンイチロウさんは、これまで1000社以上の飲食店を育成してきた、知る人ぞ知る外食産業コンサルタント。ほぼ365日、朝・昼・晩問わず、あらゆるレストランへ出かける、いわば“食べることのプロ”。ブログやFacebookでは、おいしい店の見つけ方、付き合い方を発信していますが、そこには、2年前に亡くなったパートナーとの思い出も度々登場し、「おいしい記憶を分かち合える人がいる幸せ」を読み手に気づかせてくれます。
「つらいときほど、食べることを大切にしなくちゃいけない」というサカキさんに、ご自身の体験を綴っていただく短期集中エッセイ第4回です。
◎第1回:【サカキシンイチロウさんが綴るパートナーとのおいしい記憶#1】最愛の人を失った夜、ひとりで食べた冷凍うどん
◎第2回:【サカキシンイチロウさんが綴るパートナーとのおいしい記憶#2】ボクらがたどり着いた“世界一のサンドイッチ”
◎第3回:【サカキシンイチロウさんが綴るパートナーとのおいしい記憶#3】残りもののおかずを“よそ行き”に変える魔法
まさかのタナカくんに娘の存在が!?
おとこ同士の付き合いで互いをどう呼び合うのか……。ちょっとなやましい問題です。おまえ、あなたではないだろうし、名前は呼ぶのも呼ばれるのも他人行儀で照れくさい。
知り合ってまだ間がないころ、うちにおいでよ……、って誘われた。それまでずっとボクの部屋か外で会っていたからうれしくて、近くの駅で待ち合わせした。
迎えにきたタナカくんが神妙な面持ちで、部屋に行く前に告白しなくちゃいけないことがあるという。なにごとか……、と思って聞くと、「ボクには娘がいるんだ」という。部屋にいるから会ってほしいともいうのだけれど、あまりのコトに5分ほどの道のりがおそろしく長く感じた。
バツイチ子持ち……?
どんなボロ家であっても、どんなに散らかっていても受け止める覚悟をしてきたのだけれど、「娘がいる」と言われるともうドキドキが止まらない。
部屋で出迎えてくれたのはなんと「フェレット」。女の子だから娘。ケージから出し、抱きかかえながら、「ただいま……、おとうさんですよ」って言う。親ばかだなぁ……、ってクスってしたら、その子をボクに差し出して「抱いてあげて」っていうので、ボクは抱き上げながら「パパですよぉ……」。
どちらからともなく「今のいいね」って言って笑って、その日からボクはタナカくんをおとうさん、タナカくんはボクのことをパパと呼ぶようになった。
ただそれはあくまで家の中でのことだったけど、無意識に外でも呼び合うことがあったのでしょう……。一緒によく行く家の近所のスーパーで、タナカくんを見失ってキョロキョロ探していたら、お店の人が「おとうさんならお菓子売り場にいましたよ」って、教えてくれたときにはうれしいような、恥ずかしいような(笑)。
近所のお店では「おにいちゃん」「おとうと」
よいサービスは、お客さまを観察することからはじまると言われます。特に飲食店においては「お客さま同士の関係性」が、サービスの仕方を決める手がかりとなる。
ご夫婦なのか。
友人なのか。
ファミリーなのか。
お店の人は観察します。
うちの近所に『南昌飯店』という、手軽でおいしい中国料理のお店があって、陽気でごきげんな中国系のママがいる。ボクらは「中国のおかあさん」って彼女のことを呼んでいたけど、彼女はボクのことを「おにいちゃん」、タナカくんのことを「おとうと」って呼んでいた。
中年のおじさんがふたりで仲良くやってくる。会社の同僚のようには見えず、よく似た体形、よく似た装い。その不思議な関係を差し障りなく表現したら、「兄弟」というコトだったのでしょう。ボクらにとってもその呼ばれ方は心地よく、飲むのが好きなタナカくんのためにビールを1本お代わりしたら、「おにいちゃん、やさしいねぇ」って、おかあさんがタナカくんの肩をたたいてニッコリ笑う。
「おにいちゃん、いつもありがとう」って、調子にのってタナカくんが言うものだから、もう完全にボクらはそこでは兄弟だった。