お墓、3つください
チョビを連れてきてから、2日目にピンポンとチャイムが鳴った。覗き穴を見ると巨大なサングラスをかけた姉がいた。
ドアを開けると、チョビは玄関先で「こんにちは!」という様子で姉にニャアーと言っていた。宿で育ったチョビは人懐っこい。
可愛い、可愛いと喜んで「あなたはもう1人なのよね? 私たちも2人だけなのよ、結婚するって柄でもないし、親戚はいるけどほとんど付き合いはないの。よかったらこのマンションもあなたに継いでもらえたら。うちの養子にならない?」というような話をしてくれた。
僕は、きっと大家さんはいい人たちだから、皆にそう言っているのかなあとも思い、天気の会話くらいの受け止めにして、うんうんと返事をしていた。
翌々日に再びまた巨大なサングラスが覗いていた。
チョビのことを妹に見せたいから、ちょっと借りていくわねと言いながら、まるでお醤油を借りていくような感じで、チョビを抱いてエレベーターに消えて行った。こういう時、あんまりすぐに行くのも感じがよくないなあと少し間を置いてから上に行った。すると、どこか時間が止まった感じのしていた部屋が、パッと明るくなっていたのである。
可愛いねえ! いい子だねえ! ニャアン! それは、幸せそうな光景だった。少し経てばきっと飽きる感じになるかなあと思っていたが、なかなか状況は変わらない。チョビは嬉しそうに、階段もあるんだよという感じで上ったり下りたりしていた。
「あなた、今夜はお出かけなさるの?」と聞かれたので「友人と食事の予定があって」と答えると、チョビを撫でながら「かわいそうに、おうちでお留守番だって〜」と冴えた演技。
トイレもあるようだったし、チョビもいいよって顔をしていたから「じゃあ、今夜はお泊まりさせてもらう?」と言い残して、神宮の花火大会を観に行った。
翌日、迎えに行っても、なんとなく状況は変わらなくて、結局ずるずるしてしまい、廊下の隅っこでチョビと話をした後に、僕はこう切り出した。「もしよかったら、僕がここに会いに来るようにしてもいいですか?」
2人は満面の笑みで「いいわよ」と言っていた。
その間にも、また養子の話は出たけれど、僕は現実の話ならそれはありがたい気もするけれど、やはり天気の話のように聞いていた。
お互いのことは何も知らない。
ある時、遠くにお墓を建てる場所はあるんだけど、両親の納骨もしていないし、私たちも自分たちのことを考えないと。近くにお墓を買おうと思うのという話をされた。
あなたのご両親のお墓は地元にあるんでしょ? それも一緒に移しちゃったらどう? なんて簡単に言う。
僕は生返事をしながら、車で一緒に近所のお寺へ出かけた。都市型のお墓を見ながら、ここでいいわねえと納得した様子だった。
再び契約に行くとのことで、また一緒に出かけた。都市型のお墓は1つのボックスに、骨壷のままだと2つ入り、袋に入れるともう少し入るとかで、車中で両親用と、自分たち用と、要ちゃんも使えるようにもう1つと言っていた。
えっ?と思いながら、お寺に着くとまるで饅頭でも買うみたいに「お墓、3つください」と言っていた。
3人で3つだったので、受付の方が「契約はそれぞれなさいますか?」と言うと、二人は「いいえ、契約者はこの人」と僕のほうを見るのだった。その時、僕は養子の話が現実であったことを認識した。
妹が頬づえをつきながら、大きなクリスチャンディオールのサングラスを外して「あなた、面倒臭いからうちの養子になんなさいよ」とウィンクするような感じで言った。「役所の手続きなんか後ですればいいから、そこにはもう麻生って書いちゃいなさいよ」
そう言われて、僕はその契約書に「麻生要一郎」と書いたのである。二人は拍手して喜んでいて、受付の人は呆気にとられていた。
そうして、僕は「麻生要一郎」になった。
(第5回は11月6日18時公開予定です)