コロナ禍の絶望と起死回生の“感謝の手紙”

──反対に、これまでで一番つらかったことは何ですか? 

「出版ビジネスは利益の回収に時間がかかります。設立して2年目には、出版以外にもカフェ『book cafe SENJU PLACE』の経営(現在は休業中)、文章講座『文章てらこや』などのサービスを展開し、会社は黒字化したものの、私の給料は2年間ほぼ出ませんでした。

 また、スタッフが徐々に増えてきたときに、その人たちがセンジュ出版に求めていることをしっかりと汲み取ることができず、その結果、大切なスタッフの信頼を失い最後は袖を分かつようなことも起きました。

 他にもいろんなことがありましたが、一番苦しかったのは、2020年の“新型コロナ”です。センジュ出版は、大きな出版社のように書店さんに大量に本を販売するのではなく、著者の人となりとともに、読者に本を手渡していくことで売上を立てていました。

 そのためコロナによって、小さな空間で人が集まることや、著者と読者が直接会うことができなくなったことで、私たちは手足をもがれたような思いでした。当時は、私たちの最後の砦(とりで)を失い、いよいよ会社を畳まなければないところまで追い詰められていました。それによって、私も6月には2週間近くスタッフとやりとりできないくらいまで落ち込み、家の中に閉じこもってしまったのです」

──どのようにして復活されたのですか?

「そのときにひとつだけ決めたことがありました。それは“今回とことん落ち込みきろう”と。そうしないとまた同じことを繰り返す。付け焼き刃的に売上を立てるよりも、今後のために根本から打つ手を見直さなければならない気持ちもあったので、とにかく絶望しきろうと思ったんです。

 結果、“もうこれ以上ここにいてもしょうがない”と思うまで閉じこもったおかげで、翌日には気持ちを切り替えて仕事を始められました。そのとき最初にしたのは、スタッフに対して“今までの読者ハガキやSNSの読書感想に対して、全部お礼を伝えてほしい”というお願いでした。

 閉じこもっている間に反省したのが、忙しさにかまけて、本来すべきことをおろそかにしていたことです。会社には読者ハガキや読書感想という財産があったにもかかわらず、“読んでくださってありがとうございました”というお礼の言葉を何ひとつ伝えてこなかったんです。

“やるべきことをやってもいないのに、落ち込んでいる場合じゃない”と思ったので、会社がつぶれるにしても、読者の皆さんに感謝の言葉だけはしっかり伝えようと、みんなで協力して行いました。一方で私も、新たな読者を開拓するためのアクションに取り組みました

──具体的には、どんな施策ですか?

「まだ当社の著者を知らない人が絶対にいると思ったので、まずはオンラインでの手法を必死に勉強して、著者との対談を企画しました。著者に対して、本を出した理由や本に込めた思いなどを視聴者に代わって質問し、本の魅力を伝えるコンテンツを配信。それによって、新たな読者を少しずつ増やすことができました。

 そのほかには“お宅に本を直接、宅配します”というチラシをつくり、自分たちで千住エリアでのポスティングを実施。そのことをSNSで発信していたところ、千住にお住まいの大手出版社の営業部長さんと奥さんが“手伝わせてほしい”と言ってくださる、新たな出会いも増えました。今となっては絶望してよかったと思うことさえあります。もし絶望していなかったら、こうした新たな施策も生まれていないでしょうし、もしかしたら今ごろセンジュ出版もつぶれていたかもしれません」

これからも等身大の自分で向き合い続ける 撮影/伊藤和幸
北千住の革製品のお店に制作をお願いしているブックカバー 撮影/伊藤和幸
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 後編では、センジュ出版の2021年以降から現在につながる取り組みや、吉満さんの本作りにまつわるあれこれをお届けします。「新たに加わったスタッフが投げかけた問いによって、会社に明るい道筋が見えてきた」と話す吉満さん。その出来事を中心に、当時のことを振り返っていただきました。

・公式ホームページ:https://senju-pub.com/

(取材・文/西谷忠和、編集/本間美帆)


【PROFILE】吉満明子(よしみつ・あきこ) 1975年、福岡県生まれ。日本大学芸術学部文芸学科卒業後、高齢者福祉専門誌編集、美術写真集の出版社勤務を経験。その後編集プロダクションにて広告・雑誌・書籍・WEB・専門紙など多岐に渡る編集を経験し、同事務所の出版社設立とともに取締役に就任。2008年より小説投稿サイトを運営する出版社に中途入社、編集長職就任後に出産。2015年4月に出版社を退職、同年9月1日、足立区千住に“しずけさとユーモアを大切にする小さな出版社”、株式会社センジュ出版を設立。多数のメディアに出演実績を持つ。