「もう逢えないかもしれない」「雪にかいたLOVE LETTER」今だから語れる話

 そして、第6位には'85年の6thシングル「もう逢えないかもしれない」がランクイン。いわゆるシティポップというよりも、歌詞の切なさも相まって秋ならではの哀愁感が漂う、マイナー調のポップスだ。当時、グリコ『ポッキー』のCMソングとして記憶している人も多いことだろう。

「アイドルの方々って、もう少しメジャーなキラキラした曲を歌うというイメージが強かったので、いくら秋とはいえ、この曲は少し地味じゃないのかな……と、最初は気になっていました。

 ただ、当時のスタッフが、“今、音楽を聴いているのは同年代の子たちかもしれないけれど、大人になったときにも抵抗なく聴けるのは、こういう曲なんだよ”と言ってくれていたので、ファンの方にとっても、そして私にとっても、いつかこれが正解になるはずだと思って歌ってきました。

 私自身は、5歳のころからこういうマイナー調が大好きなんです。ピアノのお稽古でも、マイナー調だと何回も練習していくのですが、メジャー調の曲は、“なんだか心に響かない”とか生意気なことを言って、練習を怠りがちでした(苦笑)」

 そういった思い入れの強さも、令和での人気につながっているのかもしれない。なお、翌'86年に発売されたシングルで、桃子の中では圧倒的に明るいといえる楽曲「Say Yes!」は、「心が前向きになるような応援歌を作ろう」というコンセプトを理解したうえで歌っていたという。決して本人がマイナー調に固執していたわけではない点を申し添えておきたい。

 ところで、「もう逢えないかもしれない」は、テレビ番組『ザ・トップテン』(日本テレビ系)にて、なんと歩いている象の上に乗って歌唱するシーンがあった。当時、こんなシリアスな歌を象の上で歌うという、あまりに衝撃的な組み合わせに驚いた記憶がある。

「ランキング番組のセットは、現場で初めて見て“こんな風になっているんだ!”って驚くものもあれば、事前にやってみたいことや会ってみたい人をヒアリングされて、それを叶(かな)えてもらえるという機会もあったんですね。今回のケースは後者で、私がなぜか“象に乗りたい!”と言ったのを叶えてもらったんですよ。でも、まさか“歌いながら”だとは思っていなかったので、とても驚きました。たぶん歌いづらかったと思います(笑)。でも今となっては、そういう映像が残っていて面白いですよね」(※:LIVE DVD『30th anniversary 菊池桃子 in トップテン―日本テレビ秘蔵映像集』にも収録)

 そして第11位は、'84年末にリリースされた3rdシングル「雪にかいたLOVE LETTER」『ザ・ベストテン』(TBS系)、『ザ・トップテン』ともに9回もランクインするという、桃子の中では当時、最長のヒットとなった。

ロングヒットを記録した「雪にかいたLOVE LETTER」。ふんわりとした毛糸のニットが桃子の柔らかな笑顔とマッチする

「ランキングでの数字がいいときは、スタッフの盛り上がりを見て安堵(あんど)しましたし、純粋にうれしかったですね。逆に、結果が振るわないと、スタッフのなんとも言えない雰囲気も伝わってきました。シングルでいうと、デビュー曲『青春のいじわる』や2曲目『SUMMER EYES』は、周囲から“もうちょっと売れてもいいのに”という感じを受けました。

 なので、『雪にかいたLOVE LETTER』のときは、周りも明るく喜んでくれて、まさにヒットを実感しましたね。でも、ランキングが上がるのはうれしいのですが、それをキープしていかなければというプレッシャーものしかかるので、怖くもあるんです。この歌はクリスマスソングなのですが、新年になってもランクインしていたので、ラストの“Merry X'mas”というセリフを、年明けは“A Happy New Year!”と変えて歌っていたんですよ。それは、とても楽しい思い出です

 ちなみに、'84年は荻野目洋子、岡田有希子、長山洋子、渡辺桂子、宇沙美ゆかりなど、注目された新人アイドルも多かったが、彼女たちとの交流はあったのだろうか。

「とても仲よしでしたよ。当時の芸能界には、少なからずとも上下関係がありましたので、先輩方には気をつかっていました。そういう中で、同期のみんなとは仲間意識が強くて、心休まる存在でした。決して険悪なライバル関係ではなかったです。家に帰ると、電話もしていましたね」