心肺停止から3日間、意識不明に。身体の自由がきかなくなった今、思うことは?

──'13年には、心肺停止という壮絶な経験もされていますが、死生観などは変わりましたか?

「あんまり変わってないかも。臨死体験みたいなものがあれば変わったのかもしれないけど、私は全然なかったんです。意識を失って目が覚めたら、3日も寝ていたよって感じで、私の中では、あの3日間に私は存在しなかった。思考もしないし、感情もない。“無”の状態だったのに、“3日間、眠っていたけど生きていたよ”って言われても、その日々が現存したとは思えないんですよ

──旦那さんは心配されたのではないですか。

「病院のすぐそばに住んでいたので、毎日、私の様子を見に来てくれていたみたいですね。面会は家族でないとできないので、あとから振り返ると、“籍を入れておいてよかったな”って思いますよね。だって、自分のパートナーが死にかけているのに、病室にも入れてもらえないって、つらいと思う。私も、来てくれてうれしかったのを覚えています」

「なにも毎日来なくてもよかったのにね〜」と言いつつもうれしそう 撮影/北村史成

──心肺停止の前触れはあったのですか。

'13年の夏に、本当に身体が弱っちゃって、ご飯も食べられなくなって、どんどんやせていきました。駅まで10分くらいの道のりも自力で歩けなくて、途中で息が切れるんですよ。電信柱につかまってハーハー言っちゃうみたいなことになって、夏バテかなと思ったんです。高梨先生(親交を深めていた、美容外科医の高梨真教医師)に現状を話したら、“重大な病気かもしれないから、すぐ病院に行きなさい”って言うので軽い気持ちで行ったら、その日のうちに検査入院になったんです。そうしたら、どんどん症状が悪化して身体中が痛くなって、挙句の果てに心肺停止っていう……。一応、『スティッフパーソン症候群』(難病指定されている神経系の病気)って病名がついたものの、確定はしていないんですよね」

──今も通院されているのですか?

「定期的に通院しています。車いすだったころは、トイレも旦那に連れて行ってもらっていたんですが、今はひとりで行けるようになりました。でも、外に出ると緊張しちゃって、まだひとりで長距離は歩けないかな。コンビニに行くのも、足がガクガクしちゃうから無理。旦那がそばで介護してくれないと、出かけられないんです

──旦那さんの介護に対しては、どのように感じていますか。

「引け目を感じています。特に車いすのころは、彼は寝ないでずっと面倒を見てくれていたんですよ。夜もベッドでなく、そこらへんのソファーとか、私が見えるところで仮眠していたんです。そういうのを見たら、申し訳ないなと思って……」

──入院中からずっと、中村さんの心身をしっかりサポートされているのですね。

「例えば、私が夜中にトイレに行きたくなったときに、最初は向こうに悪くて我慢するんだけど、やっぱり行きたくなるじゃないですか。それで、“寝ているとこ申し訳ないんだけど”って彼を起こしても、嫌な顔をしないで連れて行ってくれる。ありがたいけど精神的にひどく落ち込んで、“ひとりでトイレに行けないようなヤツは死んだ方がマシだ”って思って、首を吊ろうとしたこともあるんですよ

──それはかなり思いつめた状況ですよね……。

「でも、腕が少ししか上がらなくてドアノブに紐を引っかけられないし、立てないから飛び降りることもできない。“身体が不自由だと、自殺もできないんだな”と思い知らされました。なんの自由も与えられないって、つらいですよね

──身体の自由がきかなくなってしまった今、“◯○がしたい”というような願望はありますか?

「ないですね。今はもう何をやっても、昔みたいに夢中にはなれないと思います。でも、“やっておけばよかった”っていう後悔でいえば、ギリシャに行きたかったかな。30代のころは、しょっちゅう海外旅行をしていたんですよ。ギリシャは気候もいいから老後に残しておこうと思ったの。そうしたら、今では飛行機で10数時間も移動するのが、体力的に無理になった。そんなに乗ったら、たぶん死ぬ(笑)。行きたかったところは、ほかにもいっぱいあるんですよね。食べ歩きとかも好きだったけれど、ひとりで外出できなくなっちゃった。本当に、なんにもできなくなっちゃった。だから今は少し退屈かな……

(取材・文/池守りぜね)


【PROFILE】
中村うさぎ(なかむら・うさぎ) ◎1958年、福岡県生まれ。同志社大学文学部英文科卒。OL、コピーライターを経て、ジュニア小説デビュー作『ゴクドーくん漫遊記』(角川書店)がベストセラーに。その後、壮絶な買い物依存症の日々を赤裸々に描いた『ショッピングの女王』(文藝春秋)がブレイク。著書に『女という病』『私という病』(ともに新潮社)『うさぎとマツコの往復書簡』(双葉社)など。

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