シルベスター・スタローンは腹の底から獣のような低い声を出す

羽佐間道夫さん 撮影/近藤陽介

──テレビ初放送となった1983年から吹き替えをされている『ロッキー』シリーズのシルベスター・スタローンは、羽佐間さんのはまり役の1つですね?

スタローンはおなかの底のほうから深い呼吸をして、そこから獣のような低い声を出します。しかし、引き受けた当初は、ぼくの声とは明らかに合わないと感じていたので、どうしていいかわからず、とにかく声のトーンを下げようと思い、海に向かって大声で浄瑠璃を長時間演じました。そうやってわざと喉を嗄(か)らせて、最初の収録に臨んだのを覚えています。

 だから、それ以降の作品で彼の声を吹き替えるときは、ディレクターにも“あの声を出すには、1週間くらい時間をくれないと出ないからね”と言ってるんですけど、“明日収録したいんですが、いいですか”とか言われるんだよな(笑)」

──翌日に収録するようなときは、どうやって対応したのですか?

声を嗄らせるのは自己満足ですからね。海に向かって大声を張り上げれば声のトーンは落ちます。落ちるんだけど、一時的なものなんです。プロとしては、普段の訓練でさまざまな声を自在に出せるようにしておかなくてはいけない。そういう意識に変えて準備するようになりました

──収録現場はいかがでしたか?

『ロッキー』の1作目は、まだ28分間通しで録音をする時代でした。実際の映画は、それぞれのシーンをつないでいるけど、吹き替えは完成作品を流しながら声をあてます。『ロッキー』という映画は、激しいトレーニングや試合から一転して、静かで真面目なシーンに切り替わることが多いんですよ。クライマックスでも、15ラウンドもの間“ウォー!”とか“フン!”とか唸(うな)るような声を出してボカボカ殴り合いを続けた直後に、あの“エイドリアーーン!”でしょ。テープが回りっぱなしの中で、感情を瞬時に切り替えるのが大変でした。

 現在だったら、当たり前のようにあの場面は別録りしてつなぎあわせるでしょうね。当時はそれができなかったから、感情をうまく切り替えられるように、前の日から何度もリハーサルをして現場に向かいました」