スーパーヒーロー像の違いから考える日本のインバウンド戦略

 武本先生は、こうした違いを意識することこそがインバウンド集客、特に欧米からのインバウンド集客に必要だと提案している。

「例えば日本のスーパーヒーローがバイクで移動するのに対し、欧米のスーパーヒーローは空を飛び、高いところから悪党を探しているよね。われわれ欧米人には、実は悪いものを見たいという傾向があるんです」(武本先生)

 武本先生によると、「観光」という言葉は中国の古典である四書五経の一節が語源で、「観国之光」から来ているという。「国の文化・政治・風俗を観察する」あるいは「国の風光・文物を外部の人に示す」という意味で、基本的には、美しい風景・自慢できる文物を見たり、誇示したりする行いだ。

「中韓からのインバウンドなら、日本にある美しいもの・自慢できるもので満足してくれます。歴史的なつながりがあって、文化的にも似ているからです。

 それに対して欧米からのインバウンドは、悪いものが見たいの。われわれ欧米人にはダークツーリズムといって、アウシュビッツなど、死や苦しみが渦巻くグロテスクなところに行くのが好きです。例えば東京なら、築地。おいしいものがたくさんあるいいところでもあるんだけど、そこにあるのはイカやタコ、欧米では悪と思われている捕鯨による鯨肉など、欧米人の目にはグロテスクなものばかりです」(武本先生)

マグロ卸売場では、競り落とされた生マグロが並ぶ(写真はイメージ)

 あぁ、早朝に行われるマグロの競りは、今日も海外からの観光客で大にぎわい。欧米観光客を引きつけて止まないあの地の人気に、こんな意味があったなんて……。

さらに欧米人には、悪くてグロテスクなものを見てけなし、それを文字にして誰かに伝えたいという傾向があります。

 日本人はどこかに行くと、一緒に行った人とツーショットの写真や映像にして楽しみますよね。これは心理学では『光栄浴』と言います。日本人は自分と他者を関連づけることで満足したり、関係を維持することでいい気分になるのです。

 これに対してわれわれ欧米人は、映像でなく言葉にして満足する。常に比較して自分たちのよさ、正しさをブツブツと頭の中で言葉にし、それを手紙に書いたりSNSに投稿しないと、いい気分にはなれないのです」(武本先生)

 そうした視点から、武本先生は在住する山口の自治体や観光局に対し、欧米からのインバウンドを増やしたいなら、もっとダークだったり、奇妙に思える場所をアピールすべしと提案している。

「たとえば山口県内にあるキリシタン処刑の遺跡とか捕虜収容所、あと男性器を祭った麻羅観音などですね。

 欧米人は絶えず比較の中にいて、常に他人と自分を比較していないと満足できないんです。だから日本のいいものとダークなものの両方が見たい。きれいで素晴らしいものに感嘆したあと、“日本にはこんなダークな一面もあるじゃない!”と納得したいんです。観光局にこう進言しても、“はぁ……”とか言ってなかなか採用してくれないけれど(笑)」(武本先生)

 東西のスーパーヒーローの比較から、こんな知られざるインバウンド集客の秘密までわかるとは……! う~む、文化心理学とはなんと奥深いものなのか。ちゃりんじゃーの炯眼(けいがん)、おそるべし──!

(取材・文/千羽ひとみ)

《PROFILE》
武本ティモシィ
山口大学経済学部観光政策学科教授。1965年イギリス・ロンドン生まれ。エジンバラ大学で哲学と神道、バス大学で工学を学んだのち、1989年より日本に滞在。8年前より社会心理学の一種である文化心理学を専門とし、東西のスーパーヒーロー像の比較や、レストランのメニュー等を通して独自の日本人論を展開している。

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