街はイルミネーション
青い光に照らされた六本木のカップルたちは、まるでアバターのようだった。この季節になると夜の街はキラキラしだす。青白赤黄色のイルミネーションが機械的にモールス信号のように点滅して、固定的なメッセージを送っていた。メリークリスマス。街にはクリスマスの季節がやってきていた。
光源は歌舞伎町の無料案内所のそれと変わらない光のはずなのに、この季節のイルミネーションをカップルたちは清らかな目でありがたがり、写真を撮りあったりしている。理解し難い。まるで未知の生命体だ。
そもそもクリスマスとは何の日だろうか。元々はキリストの誕生日だからね、キリスト教徒でもないのに日本の奴らはさ、とメガネを上げながら細い目をさらに細くしてしゃあしゃあと語り出すチビもいるだろうが、正確には「キリストの誕生を祝う日」だ。キリストの誕生日自体がいつなのかは定かではなく、なぜ12月25日を祝う日に決めたのかも様々な説があり正確にはわからないらしい。なんて大雑把な。
ちなみにクリスマスといえばのサンタクロースだが、そんな彼の赤い服と白い髭という今のイメージを作り出したのはコカ・コーラ社の宣伝によるものだという。コカ・コーラの商品の色である赤と白を基調としたデザインを考えて作り上げられたのが今のサンタクロース像だったのだ。なんて人為的な。
神聖で格式高そうなクリスマスも、実態はおざなりだったり人工的にカスタマイズされたものだったりすることは、イルミネーションに疑問を持つ僕からしても少し寂しく思う。
夢は夢であってくれ、と思ってしまうのだ。
クリスマス映画といえば
クリスマスと聞いて思い出す映画は何だろう。この時期になるとそんな話をよくするが、その度に名前が上がるのが『ホーム・アローン』だ。クリスマスに慌てん坊の家族に一人置き去りにされた幼い主人公が泥棒たちを撃退していく話だ。しかし、僕は『ホーム・アローン』がクリスマスの話題に上るとハッとする。
小さい頃、僕の家にはホーム・アローン1と2のVHSがあった。両親が共働きで鍵っ子だった僕は、このホーム・アローンをホームでアローンしながらVHSを擦り切れるほど何度も観た。実際に最後には擦り切れてしまったこのVHSは、字幕もついていない英語版のもので形式上では帰国子女とはいえ、ほとんど英語も喋れない僕は当時ちゃんとストーリーを理解できていたのか今となってはわからない。
とにかく主人公の若き日のマコーレー・カルキンが薬物も知らないような天真爛漫な笑顔で、薬物をやっているかのように無邪気すぎる方法で泥棒を撃退していく様をただ愉快に楽しんでいたのだと思う。
本来は七面鳥のような存在のはずが、駄菓子の感覚で日常的にあまりに多く摂取していたせいで『ホーム・アローン』がクリスマスの話であることを忘れていたのだ。何ならクリスマスであることが映画の重要なファクターであるのにも関わらず、シカゴの冬って寒そう、雪ってこんなに泥棒を滑らせるのか、という視点でしか観ていなかったのかもしれない。
クリスマスがおざなりに作られたものであることを憂いていた僕であるが、自身もまたクリスマスをおざなりにしてしまっていた。
『クリスマス・クロニクル』
そんな『ホーム・アローン』をクリスマス映画にカウントしていない僕のクリスマス映画といえば『クリスマス・クロニクル』だ。サンタを信じる妹とそれをバカにする兄がクリスマスイブの夜に本物のサンタと出会い一夜限りの冒険に出る、というNetflixオリジナルの映画である。
タイトルに「クリスマス」と入っているのだから間違いなくクリスマス映画であり、サンタが出てくるのだから確実にクリスマス映画であり、夢に溢れているのだから断じてクリスマス映画である。
僕がこの映画で気に入っているのは、この映画でのサンタクロースが子供だけでなく、大人の胸の奥にしまっていた子供の頃の気持ちを引き出してくれる存在として描かれている、という点だ。そんなサンタを演じるカート・ラッセルは大人になった視聴者にも同じ働きかけをしてくれて、この映画は子供の頃のクリスマスを思い出すきっかけもくれる。
LAで生まれた僕(これは唯一の僕の自慢である)の家は、『ホーム・アローン』の字幕なしVHSを息子に買い与えるくらいにアメリカかぶれで、クリスマスは家族で過ごすものだ、という暗黙のルールのようなものがあった。『ホーム・アローン』ではクリスマスに家族で過ごすために奮闘している訳だし『クリスマス・クロニクル』でも幼い時に家族でクリスマスを過ごしているシーンから始まる。
そういう映画で描かれるアメリカの文化の影響を受けた家庭で育った僕はクリスマスに遊びに誘われたりすると「クリスマスなんで家に帰ります」と断っていた。そうすると、何故か勝手に家族思いのイイ奴みたいになれて、クリスマス景気につられ僕の株も上がった。
さらに、クリスマスはカップルで過ごすものだという先入観のある日本においては、彼女がいなくても家族クリスマスのおかげで特別寂しくはなかったし、バイトのシフトで家族と過ごすためにシフトを避けているのに彼女がいるやつみたいに振る舞えた。
こんなにいい思いをさせてもらった毎年恒例の家族クリスマスであるが、一人暮らしを始めてからすっかりなくなってしまった。いつの間にかサンタを信じなくなったように、いつの間にか彼女と過ごすようになってしまっていた。
サンタのイメージを企業が人為的に作り上げていたことを憂いていた僕なのに、クリスマスはカップルで過ごすものだという、クリスマスの由来よりふわふわした人為的な縛りにあっさり飲み込まれてしまっていたのだ。
六本木で青く光るカップルを未知のアバターのように感じていた僕もまたアバターのように照らされていた。
サンタを信じる大人になる必要はないが、サンタを真っ向から否定する大人にはなりたくない。大人になっても子供のままでいる必要はないが、子供の頃の気持ちは大事にしたい。そう思わせてくれるのが僕のクリスマス映画『クリスマス・クロニクル』だ。奇しくも映画のプロデュースには『ホーム・アローン』の監督であるクリス・コロンバスが携わっている。
(文/矢崎、編集/福アニー)
【Profile】
●矢崎
LA生まれ東京育ち。早稲田大学文学部を中退後、SUSURUと共にラーメンYouTubeチャンネル「SUSURU TV.」を立ちあげる。その編集と運営を担当し、現在は株式会社SUSURU LAB.の代表取締役。カルチャー系YouTubeチャンネル「おませちゃんブラザーズ」の矢崎としても活動中。
【今回紹介した映画】
●『クリスマス・クロニクル』
2018年にNetflixで配信されたアメリカ合衆国のコメディ映画。『ホーム・アローン』『ハリー・ポッターと賢者の石』などのクリス・コロンバス監督がプロデュースを手がけ、幼い兄妹がサンタクロースと共に繰り広げる一夜限りの大冒険を描いたNetflix製ファンタジーアドベンチャー。