NHKから届いた1通のメール
第一の転機は、2017年にやってきた。
「NHKのオーディオドラマのプロデューサーから丁寧なご感想のメールをいただいて、本当にびっくりしました」(並木さん・以下同)
その年、NHK-FMの番組『青春アドベンチャー』の中でオーディオドラマになり、ルスダンを花總まりさん、ディミトリを海宝直人さんという一流の舞台俳優が演じて放送された。
「いざドラマになりますと、日高哲英さんの壮大な音楽と、山谷典子さんの洗練された脚色、花總さんと海宝さんをはじめ、演者のみなさまの表現力も素晴らしく、短編ながらスケールの大きなドラマにしていただきました。私が書いた登場人物たちが、生身の肉体を持って生きているんだ、というリアルさすら感じましたね」
オーディオドラマ化でより物語が広がり、作品を知ったファンの想像もふくらむ。並木さんもこれが縁でオーディオドラマ脚本を手がけるようになった。
『斜陽の国のルスダン』と同様に、緻密な調査と軽妙な文体で、現代日本人も楽しめる歴史に材を取った物語を多く創作。オーディオドラマの出演俳優には宝塚OGも多くキャスティングされており「いつか作品がミュージカルになればいいな」と夢見ていたところに、「宝塚歌劇団から“『ルスダン』の舞台化のために許諾をいただきたい”とコンタクトがありました」。
NHK-FMのときと同じく、宝塚歌劇団からの連絡も並木さんには寝耳に水だった。宝塚歌劇で脚本・演出を担当したのは演出家の生田大和さん。かつてバレエダンサーを目指していたほどダンスにも造詣が深い生田さんは、ジョージアンダンスをきっかけにジョージアに興味を抱き、『ルスダン』のオーディオドラマのことを知って宝塚での舞台化を思い立つ。
男役トップスターの礼真琴さんがディミトリ、トップ娘役の舞空瞳さんがルスダンを演じ、タイトルは『ディミトリ~曙光に散る、紫の花』に。ディミトリを主人公としつつ、ルスダンとの愛憎劇は原作に忠実に、脇の登場人物たちも脚色をふくらませた。
「劇場で観て、本当に舞台になったんだと夢でなく現実のものとして浸ることができました。美術セットも衣装も、目に入ってくるものすべてが素晴らしくて。メインキャストはもちろん、トビリシ市民や兵士に至るまで星組のみなさんが役の一つひとつを作り込んでくださって……私が小説で書いたジョージアの世界がこうやって美しく、目に見える形で表現されたこと自体が非常に感動的な体験で、圧倒されながらもじっくり噛みしめていました」
同人小説→オーディオドラマ→ミュージカルとつながった縁。舞台ではジョージアンダンスも演出に取り入れ、モンゴルやホラズムとの戦闘シーンでの男役のエネルギーあふれる踊りも見ごたえあるものに。
同人誌と同じく、トマトスープさんによるイラスト付きで改めて商業出版された『斜陽の国のルスダン』(2022年11月に星海社より刊行)も、宝塚ファンが買い求めてさらにジョージア文化を知ろうとしている。そして華やかでエキゾチックなミュージカルには、ジョージアと日本の国境を越えた協力もあった。
※後編の記事に続きます
(取材・文/大宮高史)