「美奈代ちゃん隣の中学事件」がアイドル現場派の原体験に
──「アイドルが来るお店」になった理由は「イトウさんがアイドルファンだから」ということもあると思うんですが、いつごろからアイドルファンだったんでしょうか?
「小学校のころからです。最初は普通にマッチ・明菜・聖子ちゃん、みたいな、みんなが好きなアイドルを自分も見ていた感じでした。だんだんクラスの中でもそういうのが好きなミーハーグループができてましたね。
当時は月の小遣いも1000円くらいで、レコードとかまず無理なのでクリスマスに買ってもらった東芝の『シュガー』という真っ赤なダブルラジカセでラジオの音楽番組を片っ端から録音して聞いていましたね」
──なるほど。最初は世間的なレベルと同じだったんですね。
「小学5年生のときに『夕ニャン(夕やけニャンニャン)』が始まったんですよ。当時部活をドロップアウトしたばっかりで、5時に帰ってそれを毎日見るんです。親が共働きしている間に。とても親と一緒に観れるような番組じゃなかったですからね。
それで激ハマりしました。クラスでも“おニャン子で誰々が可愛い”みたいな話になってました。今でいう“推し”ですね。当時はソロアイドル全盛でグループアイドルの文化がなかったから、それもちょっと新鮮な感覚だったのを覚えています。
新田恵利と国生さゆりが人気だったけど、私はゆうゆ(岩井由紀子)と渡辺美奈代が好きでしたね。このころから音楽というより、アイドルのファンになっていたんだと思います」
──なるほど。だんだんと楽曲でなく、アイドルが好きになっていったんですね。アイドルという存在のどういった部分に惹(ひ)かれたんでしょうか?
「どうなんだろう? 女の子が歌ってる姿を見るのが単純に好きでした。思春期だし、可愛くてちょっと怪しい雰囲気の曲を歌っているのに惹かれたのかな? サブカルというかオルタナティブなものに惹かれる感覚だったと思いますね。当時はもちろんそんな言葉は知りませんが。
それで中学生になるんですけど、そのころ僕、カンペンケースに油性ペンで“渡辺美奈代”って書いてたんですよ。それを見た担任の先生が“美奈代ちゃん好きなの? 私、前の学校で美奈代ちゃんの担任だったのよ”と教えてくれるという僕にとってのエポックメイキングな事件が起きたんです」
──え! すごいっすね。そんな偶然あるんだ……。
「そう。それで美奈代ちゃんの中学時代のエピソードをその先生からいろいろ聞いたりして、それはちょっと衝撃でしたね。
もちろん“いない”とは思ってないけど“アイドルが、存在している”という実感なんてなくて。全部テレビの中の出来事だと思っているから。それで家に帰って『ホッピング』という美奈代ちゃんのアルバムを聞いたら、なんだか全然違って聞こえたんですね」
──同じ音源なのに違って聞こえた。
「なんというか生々しく聞こえたんですよ。当たり前なんだけど“実在する人間が歌ってるんだなぁ”とびっくりしましたね。“LIKEがLOVEにゆるやかに変わる感じ”というか。のちにアイドル現場派(※)になるわけですけど、この“美奈代ちゃん隣の中学事件”は、現場に行くようになった原体験のようなものとしてありますね」
※ライブをはじめとしてアイドルに直接会える場所のことを「現場」という。