「アイドル冬の時代」のリアルな感覚
──なるほど。「存在する」ということを強く実感したんですね。それから現場に行くように?
「20歳でアイドルを見るために上京するんですけど、そこからは24時間アイドル漬けでした。当時はアイドルの数も少なくて、アムロちゃんから制服向上委員会まで全部見れましたね。どの現場もお客さんがだいたい同じなんですよ。だからアイドルファンの友人も増えてどんどん楽しくなってきた時期でした」
──「アイドルを見るために上京する」というのもすごいですね。しかし「全部見られる」という感覚は今じゃ考えられない……。
「'90年代の女性アイドルシーンはそのくらい"冬の時代"だったんですよ。今でこそ“趣味はアイドル”って普通に言えますが、当時は犯罪者みたいな目で見られてましたね。'89年に『宮崎勤事件(※)』が起きてから、オタクのイメージが悪くなり、'90年代には従来のアイドルファンが“=オタク”として括(くく)られていました。
※宮崎勤事件:元死刑囚・宮崎勤による事件。1988年から’89年にかけて、計4人の幼女・女児を誘拐し殺害した。捜査の過程で、彼が“オタク”であることが事件につながったという報道が過激化。俗にいう“オタクバッシング”が広まるきっかけにもなった。
今じゃ考えられないけど、アイドルオタクというのは完全なアングラ文化でしたね。世間はバンドとかシンガーソングライターとか、自分で曲を作って歌う人しか認められなかったような雰囲気でした」
──「好き」と声を上げるのも難しい時代に、どうしてイトウさんはアイドルを追いかけ続けられたんですか?
「差別を受ければ受けるほど、アイドルオタクがカッコいいと思えたんですよね。まだ何者でもない自分は、世間から逸脱した姿がすごくカッコよく見えたんですよ。ヤンキーに憧れて道を踏み外すのと同じです。オタクに憧れて道を踏み外しましたね」
──なんだかわかる気がします。「超健康なのに眼帯をつけて登校する」みたいな。変なヤツと思われるほど、カッコよく見えてくる……。
「そうですね。今でいう“中二病”的な。アイデンティティを確立したい欲求が、わけのわからない暴走をするというか。アイドルは好きだけど、アイドル好きは肩身が狭い。少しの葛藤もあったけど“人から蔑(さげす)まれる存在になろう”と思いましたね。
オタクを続けることで、いろんなものを捨てたり諦めたりするという覚悟でした。“制約と誓約(※)”じゃないけど、厳しい時代だったからこそ、よりアイドルに対する熱が高まっていきました。
※マンガ『HUNTER×HUNTER』(集英社)に登場する能力。自分に課す制約が厳しいほど能力が高まる。まさに当時のオタク力を物語っている。
だからいまだにオタクって言葉から、ちょっとネガティブな印象を受けてしまうというか。今はアイドルが自分のファンのことを“私のオタクが~”みたいに言うのも普通だけど、ちょっと複雑な気持ちにもなりますね」
(取材・文/ジュウ・ショ、編集/FM中西)