◎セルゲイ・トゥマソフ(ジャーナリスト・57歳)

 セルゲイ・トゥマソフは風景写真家として活躍するかたわら、大学で教鞭も執(と)っている。世界中を旅行し写真を撮っていたが、戦争が始まって生活が一変。今はジャーナリストの認証を受けて、ロシア軍の犯罪の爪痕を写真に収めている。

 セルゲイも、やはりロシア軍が侵攻してくるまで戦争が始まるとは信じていなかった。2〜3週間くらい前、米国が戦争が始まる可能性を示唆していたが、それでも国民の9割は信じていなかったという。

「この時代に戦争を始めるというのはあまりにも馬鹿げている。なんの利益も国にもたらさない非合理的な決断ですから、まさか現実にはならないだろうと懐疑的でした」

 しかし2月22日、侵攻の2日前にプーチンが行った演説で、ルハンスクとドネツクを国家として承認したとき、ウクライナへの攻撃があると確信。

 '14年にクリミア半島を占領されてしまったのに、それでも侵攻を予期できなかったのはなぜか。「難しい」と、ひと言つぶやくと、しばらく考えて言葉をひねり出した。

「私たちウクライナ人の楽観的なメンタルの特徴と言えるかもしれません。'14年に侵略をストップさせた時点で、プーチンは落ち着いてくれるものと思っていたのかも」

 それでも侵攻前に、「すぐ避難できるように必要最低限のものを集めた避難用リュックを用意してください」「避難プランを考えておいてください」「窓ガラスにテープを貼っておきましょう」といった情報は出回っていたが、それでも人々は実際の攻撃が始まるまで、真剣に考えてはいなかったという。

 セルゲイは今回の侵攻を「ジェノサイドだ」と断じる。

「今の状況は普通ではない。この時代にヨーロッパの真ん中で罪なき人々が殺されるなんて。こんなことが起こるだなんて、いったい誰が予測できたでしょう」

 また、彼は「どんなジャーナリストでも、“明日、戦争が始まる”といった情報を流すことに対しては、大きな責任を負う」と言う。セルゲイによると、ウクライナ政府からも事前に情報はなかった。ジャーナリストは政府の拡声器としての役割が求められるとし、「政府からの情報がない以上、戦争が100%始まると言い切れる人はいなかった」と話した。

「ロシアの侵攻を事前に防ぐことは不可避でしたが、あるいはアメリカのような強い国が、ウクライナをNATO諸国と同様の扱いをすれば、プーチンを思いとどまらせられたかもしれません」

 日本とロシア間に「北方領土問題」が存在していることを知っており、「ロシアを信じてはいけない」と言い切った。「ロシア、中国と接する日本は、常に有事に対して備えておくべき」とも。

 彼は足に大ケガを負っている。'22年5月、ボランティアとして食材などをバスで運搬していたとき、北東部の都市・ハルキウの近くで砲弾を受けた。

「弾は座席の真下で爆発。足を骨折し大量の出血に見舞われましたが、運よく近くをウクライナ軍が通り、僕ともう1人、同じく足を骨折した男性を救出して病院に運んでくれました。いろいろな病院を転々として、すでに10回も手術を受けたものの完治せず、あと何回手術を受けることになるか、わかりません」

 自身の経験から、「ウクライナで必要な支援は、武力だけでなく医療だ」と言う。薬などの医薬品のほかに、人的な支援も求めている。

セルゲイの足には今も大ケガが残り、歩行困難な状態が続いている

取材を終え、侵攻から約1年がたつ今、たかまつななが改めて思うこと

 もし日本が他国から攻められたとしたら、日本の報道機関は侵攻を止められなかったことへの後悔を述べると思う。だからこそ、ウクライナのジャーナリストたちが「政府が侵攻はないと言った以上、報道機関が警告できないのは仕方なかった」と話したことに驚いた。ウクライナ侵攻を予測していた人は確かに少なかった。でも、アメリカの一部のインテリジェンスは警告をしていたし、報道機関がうまく機能すれば、侵攻を防ぐ役割を果たせていたかもしれない。報道には大きな力があり、今回のバイデン米大統領のキーウ訪問だって、日本でも大きく取り上げられるニュースとなった。今再び、ロシアによる侵攻からウクライナと民主主義を守るために、支援の気運が高まることに期待したい。

 残念ながら、武力によって現状を変更をしようとする国がある以上、自国を守るために行動をする必要がある。日本は北朝鮮、中国、ロシアに囲まれており、ウクライナは対岸の火事ではない。日本がウクライナから何を学ぶかは重要である。

(取材・文/たかまつなな)


【PROFILE】
たかまつなな ◎株式会社笑下村塾 代表取締役。'93年、神奈川県生まれ。時事YouTuberとして、政治や教育現場を中心に取材し、若者に社会問題を分かりやすく伝える。18歳選挙権をきっかけに、株式会社笑下村塾を設立し、出張授業「笑える!政治教育ショー」「笑って学ぶ SDGs」を全国の学校や企業、自治体に届ける。著書に『政治の絵本』(弘文堂)『お笑い芸人と学ぶ13歳からのSDGs』(くもん出版)がある。

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