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「1日1フム」生活。- フムフムニュース -

人生100年時代。今や日本人のおよそ半分は50歳以上です。「NEOFIFTY」では、これから50代を迎える人にとって、その先にある老後が「終活の始まり」ではなく「新しい人生がもう一度始まる」と思えるように、素敵な生き方をしている人たちの言葉を紹介していきます。

芸能

牧野アンナがスーパーモンキーズでの活動で痛感した“絶対に敵わない相手”との圧倒的な差と、デビューから約2か月で沖縄に帰ったワケ

SNSでの感想
牧野アンナさん。ウソのない言葉で、自分の半生を振り返ってくれた 撮影/伊藤和幸
目次
  • MAXやDA PUMP、三浦大知ら卒業生が沖縄アクターズスクールの再始動に意欲
  • 15歳でアイドルデビュー。生意気になりすぎて1年で事務所を退所した過去も
  • アクターズでは指導者も兼任するように。再びデビューのチャンスを迎えるも……
  • 「奈美恵には、絶対に敵わない」2度チャレンジしたからこそわかった“現実”

 安室奈美恵、MAX、SPEED、DA PUMP、三浦大知をはじめとし、日本の音楽市場に大いなる影響を与えた『沖縄アクターズスクール』出身のアーティストたち。彼らの楽曲をカラオケで歌ってきた人たちも多いのではないでしょうか。

 2000年代に入ってからは少しずつ活動を縮小していた沖縄アクターズスクールですが、'22年秋に沖縄で行われた「沖縄アクターズスクール大復活祭〜本土復帰50周年記念〜」を経て今年、復活! 再始動プロジェクトの一環として、新生『B.B.WAVES』のメンバーオーディションを開催中です。

 そこでfumufumu newsでは、沖縄アクターズスクールの創設者にして社長であるマキノ正幸さんの娘として生まれ、ダンスアイドルグループ『SUPER MONKEY'S』として活動したのち、チーフインストラクターとして若手の育成を支えてきた牧野アンナさん(51)にインタビューを決行。10代でアイドルデビューするも、夢破れて再び沖縄へ。決して平坦とはいえない半生を語っていただきました。

MAXやDA PUMP、三浦大知ら卒業生が沖縄アクターズスクールの再始動に意欲

──牧野さんは現在、ご自身が主宰する、ダウン症候群の人を対象としたエンターテインメントスクール『LOVE JUNX』(ラブジャンクス)の運営と、沖縄アクターズスクール(以下:アクターズ)再始動の準備で、沖縄と関東の2拠点生活をされていると伺いました。最近はどのぐらいの頻度で行き来していますか?

アクターズを再びやると決めてからは、月に2回くらいのペースで沖縄に戻っています。沖縄では現地在住のスタッフと打ち合わせしたり、支援していただいている方々にお会いしたり、インストラクターの育成プログラムを動かしたりと予定がびっしり。最近は、だいぶ忙しくなってきました」

──アクターズを復活するにあたって、きっかけとなったのは、'22年10月に開催された「沖縄アクターズスクール大復活祭〜本土復帰50周年記念〜」(卒業生のMAX、DA PUMP、島袋寛子、三浦大知らが出演)だったのでしょうか。

「そうですね。『大復活祭』が終わって、インストラクターのみんなでホテルの部屋に集まって1日を振り返っていたら、DA PUMPのISSAから“今からMAXのメンバーと行ってもいいですか”って連絡が来たんですよ。彼は、“今日が終わってほしくないから、部屋に戻りたくない”って言って、ずっと立ちながらビールを飲んでいるんです(笑)。それくらい楽しかったらしくて、“またアクターズスクールをやりましょう”って言うんですよ。(三浦)大知も終演後に“アクターズスクールは残すべき”と言ってくれましたし、ISSAの言葉を聞いた(MAXの)NANAも、“やりましょう! 手伝いますから”って。“そう言うけれど、本当に大変だからね。みんな必ず協力してくれる? ”って聞き返しましたけれど(笑)」

──卒業生たちにとっても、アクターズは大事な場所だったのですね。

「ありがたいことですよね。アクターズの全盛期から20年以上がたち、今度はみんな大人になっているので、アクターズのよかった部分と悪かった部分をちゃんと客観視して、そのうえで“やっぱりアクターズは最高の環境だった。今の自分たちがあるのは、アクターズがあったからだよね”と言ってくれて、私も同じ気持ちだなと思ったんです。“私ひとりでは無理だけれど、アクターズのみんなでならまたやっていける”という確信が持てたので、再始動を決断し、翌日には“私がアクターズを再び動かします”と、父に宣言しに行きました

「一度決めたら、行動するのは早いんですよね、私」と笑う 撮影/伊藤和幸

──アンナさんご自身も、小学生のころからアクターズに在籍されていますよね。どうして入学したのですか?

「母に無理やり入れさせられたんです(笑)。人見知りがめちゃくちゃ激しくて、人前になかなか出られないタイプの子だったので、心配した母が“申し込んできたから”って。1か月くらいは必死に抵抗していたんですけれど、仕方なく行ってみたら次第にハマっちゃったんですよね」

──子どものころから、ダンスが得意だったのですか?

「いえ。アクターズって、最初のうちは成人を対象にした俳優養成所だったんです。小学生はジュニアクラスっていう、おまけみたいな存在。ダンスもレオタードを着て踊るジャズダンスやバレエなどで、ポップスがメインではなかったですし、私は不器用で、初めからうまく踊れるタイプではありませんでした

──嫌だったアクターズに通い始めて、何がいちばん楽しかったのですか?

「同年代の子たちと、みんなでワイワイしながらひとつのものを作り上げていく作業が楽しかったんですよね。11歳で入ってから、途中で抜けたり、指導者側に回ったりはしているんですれけど、完全にアクターズを辞めたのは30歳のときです」

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