※本記事は劇場版アニメ『THE FIRST SLAM DUNK』のネタバレを含みます

 2022年12月3日から公開されている劇場版アニメ映画『THE FIRST SLAM DUNK』の興行情報が発表され、公開67日間で観客動員数680万人、興行収入が100億円を突破したという

 ’90年から「週刊少年ジャンプ」で連載をスタートさせ、マンガ・アニメ作品ともに大ヒットした『スラムダンク』(集英社)。「バスケブーム」を引き起こした主役でもある本作は非常に多くのファンやフォロワーを生みだした。

 そんなレジェンド作品が2020年代に再びアニメ化されるとは……2021年1月7日に原作者である井上雄彦がこのようなツイートをするまで、ファンを含めて誰しもが想像していなかったところだ。

2021年1月に投稿された、作者・井上雄彦さんのTwitterより

 そこで今回は『THE FIRST SLAM DUNK』について、劇場公開前後の反響と変化、映画本編についてのレビューを完全ネタバレありで書いていきたいと思う。

少なすぎた前情報、募る不安と反動

 本作の内容について記す前に、本作のPR・告知・前情報とそれに対する反応について指摘しておきたい

 アニメファンならば周知のことかと思うが、’10年代における集英社原作のアニメ作品は、日本はおろか世界にも届いていた。『ONE PIECE』『僕のヒーローアカデミア』『鬼滅の刃』『呪術廻戦』など次々と国内でヒットを飛ばし、海外でも劇場放映される作品が生み出されてきた。

 これらの作品に共通するのは、事前情報をしっかりとファンに周知させるという点にある。監督・声優・アニメーション制作会社といった情報と実際に放映されるだろうアニメーションを組み合わせた告知動画を投稿することで、ファンを飽きさせることなく期待心を煽(あお)り、まだ作品を知らない人にも伝えていく手法だ。

 だが『THE FIRST SLAM DUNK』のPRは、同じ集英社とは思えないほどのスローペースかつ高い機密性を持っていた。1年以上にわたって段階的に公開されていく中で、11月上旬にようやく声優陣が公開されると、旧テレビ版から声優陣が一新されることがわかった。

【11月4日(金)20時~】映画『THE FIRST SLAM DUNK』新情報解禁特番
映画『THE FIRST SLAM DUNK』予告【2022.12.3 公開】

 往年のスラダンファンから残念がる声が多数上がり、ネットでは数日話題をかっさらうことになった。公式からも特番を見たファンに向けてのアナウンスがされ、劇場公開となった12月3日には声優を一新した理由について明かされるなど、劇場版公開の直前まで期待と不安が入り混じった状況となっていた

映画『THE FIRST SLAM DUNK』公式Twitterより

緊迫感・筆致・臨場感……。何を「再現」いや「新生」したのか?

 蓋(ふた)を開けてみれば、先述したように興行収入は100億円を突破。公開前に相次いでいた不安の声を一蹴し、新たに描かれた『スラムダンク』の作品性に絶賛の声が相次いでいる。もともと人気が高かった東南アジアで公開されると、こちらでも大きなヒットとなっているようだ。

 そういった中でこの新作アニメーション映画が描いたのは、名作の再現という尺度を飛び越え、もっと奥深くにある根底の部分からの表現であったように思える

 言うに及ばず、『スラムダンク』はバスケットボールにまつわる作品であり、バスケットボールとはスポーツ競技である。スポーツ競技が人々を魅了し惹(ひ)きつける理由は、選手やチームが生み出すプレーの数々だけでなく、勝利という結果を目指してしのぎを削り、“どんな結果をつかみ取るのか?”という期待と不安が交じり合った“緊迫感”がいちばんの醍醐味といえる。

 原作『スラムダンク』において、作者である井上雄彦の作画・筆致(ひっち)が、序盤から終盤にかけて変化していったことを思い出してほしい。筋肉の隆起、汗の一粒、線の流れにいたるまで微細に描くようになっていったのは、スポーツゲームが放つ緊迫感をよりドラマティックかつ繊細に描きたいがゆえではなかっただろうか

 そこに高校時代の部活という「この瞬間」しか味わえない儚(はかな)さも相まって、原作漫画『スラムダンク』は名作となった。『THE FIRST SLAM DUNK』は、原作漫画およびスポーツゲームが元来持っていた緊迫感、そんな原点(THE FIRST)に立ち返り、再度描き直した作品だといえる

 3Dアニメーションなどの実制作を務めたのは、東映アニメーションとダンデライオンアニメーションスタジオの2社のスタッフ陣だ。ここで演出を務めた宮原直樹の言葉を借りてみよう。

《漫画を組み立て直し、この場面ではどこに誰がいるかを解析していきました。コート上の配置を描いたA3の書類が2センチくらいの分厚い山のようにあります。それを基にモーションキャプチャーを収録していきました》(デイリースポーツonlineより)

 モーションキャプチャーの撮影には、実際に10人のキャストが40分にわたる試合を再現するようにプレイ。360度から50台以上のカメラで撮影して、集まったデータをもとに3DCGアニメーションを生みだしたのだ。

 ジャンプをして着地したときのバッシュのシワ感、腕の上げ下げ、肩やひざの筋肉がどう動くのか……実制作に臨んだスタッフの声が『THE FIRST SLUM DUNK』の公式サイト内で読めるが、その細やかさには驚かされる。

3DCGが実現した没入感と、新しい視点のストーリー

 アニメっぽい大仰(おおぎょう)さはなるべく抑えつつ、ナチュラルでリアルな表現を模索し続けた3DCGアニメーション。実際に表現されたのは、息を呑むほどの緊張感と、まるで実際にスポーツ観戦をしているかのような再現性と没入感だったのだ。

 加えて、原作者・井上雄彦の筆致を3DCGに入れ込む作業もまた膨大であったという。

《普通のアニメ監督でもやらないだろうなってくらいの作業を原作者の監督がやっている。頭の先からしっぽの先まで原作者の絵。30年以上やっていて、初めての経験でした》

《2~3年間、作っていく中で監督の絵も変わっていきました。そこを拾わない手はない。絵を描く方が監督をされているからこそだと思います》(デイリースポーツonline)

 こう語る宮原直樹は、『ドラゴンボールZ』『デジモンアドベンチャー』(ともにフジテレビ系)で作画監督を務め、『プリキュア』シリーズ(テレビ朝日系)でCGディレクターを務めるなどのベテランスタッフだ。そんな彼がここまで語るほどの、圧倒的な熱量だった。

 ストーリーも、宮城リョータを主人公に据えた新視点は、これまでになかった新たな感動を与えてくれる。宮城が沖縄出身であること、兄との関係、家族再生の物語を綴るうえで、当然語り手は宮城リョータによる部分が多く、試合中と過去の回想を行き来し、これまで原作で触れられていなかったシーンも含めて描写される。

 各選手にスポットがあたる部分では、原作を読んでない人でもネットミームとして知っているであろう名シーンや名言がここぞとばかり再現されている。少し驚きなのは、各キャラクターたちのセリフは試合中のものが大半を占めており、それも一言二言で終わるものが多く台詞の少なさに驚く方もいるかもしれない。本作がスポーツゲームの緊迫感と臨場感にフォーカスして制作されていることが伝わってくる。

 “原作の再現”を飛び越え、もはや新生とも形容していい『THE FIRST SLAM DUNK』。名作から放たれていたオーラを飛び越え、スポーツゲームが帯びる緊張感や臨場感と、井上雄彦の筆致を再現した3DCGアニメーションは、スポーツアニメの新たなゾーンを生みだしたのだ。

(文・草野虹/編集・FM中西)