こうした二つの世界の共鳴を音楽で表現しようとしているアーティストを、私は他に知らない。唯一、ちゃんと整った形で頭をよぎるのは、私のボキャブラリーでは「色即是空 空即是色」という仏教の言葉だけである。
この世のすべての形あるもの(色)は、実体を持たず絶えず変化していく(空)。そして同時に、その実体なきもの(空)も一瞬においては形を有している(「色」)。色は空であり、空は色である。仏教の奥義ともいえる、一節だ。
すべてのものを想像で捉え、世界は自分の認識次第で無限に彩られていくが、それでも地獄に似た現実に自分の身体を置かざるをえない。そんな『地獄でなぜ悪い』は「色即是空 空即是色」と言えるのではないだろうか。星野源にとっての嘘とは、空の中で色を作り出し、色がまた空になっていく、そうやって続いているものなのだ。
眠れない夜に嘘の世界を思えば眠れること。そんな現実と虚構の間に立つ一枚の嘘を、星野源は歌ってくれているのだと思う。
このように一僧侶の目線から見れば『地獄でなぜ悪い』で描かれている世界観は、仏教の悟りの境地そのものなのである。本当にびっくりしちゃうくらいに。この連載のオチでは毎回言っている気もするが、本当にそうなのだ。
軽い気持ちで始めた、野生のブッダとの源問答だけど、嘘か本当か、ついに第5回まで続いてしまった。次回がどうなるかわからないが、とにかく今夜はトマトパスタを作ろうと思う。
(文/稲田ズイキ)
《PROFILE》
稲田ズイキ(いなだ・ずいき)
1992年、京都府久御山町生まれ。月仲山称名寺の副住職。同志社大学法学部を卒業、同大学院法学研究科を中退のち、渋谷のデジタルエージェンシーに入社するも1年で退職。僧侶・文筆家・編集者として独立し、放浪生活を送る。2020年フリーペーパー『フリースタイルな僧侶たち』の3代目編集長に就任。著書『世界が仏教であふれだす』(集英社、2020年)