さまざまな能力を身につけたエヴリンが最後に得たものは

 ウェイモンドは、多くの洗濯物を仕分けする際に、愛らしい目玉のシールをつけていた。ただただ慌ただしい毎日を送るエヴリンを前に、なんとか深呼吸の時間を与えようとするウェイモンド。

 でも彼女には伝わらない。エヴリンの瞳には常に「もっと別の人生があったはず」との気持ちが宿っている。離婚届を手にしたウェイモンドだったが、決して彼女を嫌いになったワケではないだろう。

 やがてジョブ・トゥパキの闇に飲み込まれそうになったエヴリンは、ウェイモンドを刺す。ここからの展開がすごい。それでもウェイモンドは彼女を憎むのではなく、彼女に「親切でいてね」と求める。

 ここでエヴリンは「あなたの戦い方を学んだ」と覚醒。第3の目の獲得だ。これまでにエヴリンはマルチバースによって、別宇宙の自分から、さまざまな能力を得てきた。カンフー、歌手としての肺活量、ピザ店員としての技などなど。しかし、ここで、彼女は自分からではなく、夫から「親切」という最強の武器を獲得したのだ。

 全宇宙の中で、「もっともダメだからこそ、もっとも可能性がある」と選ばれたエヴリン。その傍らには優しいだけのウェイモンドがいて、ジョブ・トゥパキになる前のジョイがいた。

 思えば途中、エヴリンとジョイが岩として存在しているシュールな世界が登場したが、そこでエヴリンが、ジョイに近づいていくことができたのも、ウェイモンドの目を得たからではないだろうか。母と娘の戦いのそばには、常にウェイモンドもいたのだ。

 そして、エヴリンが言うように、エヴリンに似た、つまり全宇宙の中で、やはりもっともダメなのかもしれない現ジョイのそばには、現世界のウェイモンドのように優しい恋人のベッキーがいる。

 前作『スイス・アーミー・マン』(2016)で死体との友情という、やはりトンデモ映画を作って一気に注目の存在となったダニエルズ監督だが、本作でも、遊び心を通り越して、「しょーもな」と言いたくなる要素をふんだんに盛り込み、笑わせながらも、最終的には胸の奥を突いてくる。

 結局、どんな道を選ぼうと、どんな能力を獲得しようと、さらなる視点を与え、スイッチを押してくれるのは、人。そしてそれに気づいて受け入れるのは自分自身なのだ。そうして想像を超えたカオスシャワー体験が、意識を緩ませる本作は教えてくれる。「優しくあって」と。

(文/望月ふみ、編集/本間美帆)