野性味や粗暴さとは無縁のボーカル、アレックス・ターナーの色気
最新アルバム『The Car』は「There'd Better Be A Mirrorball」から始まる。それはまるで、劇場の幕がグイと開き、弦楽器のゆったりとした調べが会場に広がる中で、アレックス・ターナーがライトを浴びつつ歌い始めるかのよう。ピアノがまろやかな音色を奏でる横で、ドラムスはバチッと刻んでまどろみすぎないようにムードを整える。
その趣きは同作品のMVを見ればよく伝わるだろう。60年代~70年代の映画のような霞んだ画質すらうまく表現している。かつてポップスを歌っていたシンガーらに映画を主演を務めるほどの輝きを持った人がいたことを、かなり意識しているのだろう。実際、海外メディアの取材でも「シネマティック」な部分は意識していたのを明かしているほどだ。
アルバムでは、この後の楽曲でもこのような絶妙な塩梅(あんばい)が続く。キーボードやピアノといった柔らかい鍵盤楽器と、これまでの作品で大きく取り上げてこなかった管弦楽器・オーケストラが今作の大部分を盛り上げており、それはまるで映画のサウンドトラックのよう。
ギターは印象的に使われているけれども、「ここぞ」という瞬間にピリッとさせる役割に徹しており、ベース、ドラムスは同じようにシンプルな演奏で、派手さのあるフレーズを聴かせることがない。
アレックスのボーカルはシャウトすることはなく、これまでに増して艶っぽく優しく歌い上げる。流麗なミディアムスローテンポのジャズ調バラードをいまの自分たちが演奏することにとても意識的で、Arctic Monkeys流の艶やかなるオールディーズ・ポップス・アルバムともいえるだろう。
また、往年のロックボーカリストにありがちな、アリーナ会場に響きそうなロングトーンや、心を一発で起き上がらせるガナリ声やシャウトといった野性味や粗暴さとは、アレックス・ターナーは無縁のボーカリストであろう。
確かにビジュアルは男らしさが強まっているが、低い音域で歌い上げる彼の唱法と、先に挙げた「オールディーズ・ポップス」な楽曲は親和性が高いと筆者は感じる。偉大なる先達にはまだまだ及ばないだろうが、この年齢にして彼はいま最もロマンチックにメロディを歌い上げるボーカリストへと成長したように思える。
ヒットチャートにも食い込むようなロックバンドが、ロックの野蛮さ・過剰さを自身のカラーから外し、オールディーズな音楽性をもバンド4人で生み出していく。
日本では10年近く生で見ることができなかった彼らの真価を楽しもうと、チケットはすでにソールドアウトである。型破りなクリエイティビティと進化を見せ、いまなおリスナーから愛される。世界最高峰のロックバンドはまだまだ己の道を征くのだろう。
(文/草野虹、編集/FM中西)