コミュニティ・サイト『知のアジト』に込めた思いとは

 そんな、さまざまな人とのつながりを財産としてきた及川が'22年11月に開設したコミュニティ・サイトが『知のアジト』だ。どういったきっかけでスタートしたのだろうか。

今の時代、自分の頭で考えられる人が少ない気がしたので、それぞれの知恵や知識を持ち寄ることで、みんながつながっていけばいいなと思って始めました。あと、人と人を1回ずつ紹介していたら大変なので、“知のアジト”に入っている同士でうまく仲よくやって、という思いもありますね。

 さらには、“作詞家ってどうやったらなれるの?”とか“映画プロデューサーってどういう仕事?”とか、みんなの素朴な疑問を解決していける場になって、そこから人の輪が広がっていけばいいですね。ひとつ注意していただきたいのは、“この詞をチェックしてください”という場ではないということ。それは、私が書いたほうが早いですし(笑)」

 Winkを手がけていたころは1曲あたり2時間くらいで、今はそれを4〜5時間くらいかけてのんびりと書いているという及川だが、なにかコツがあるのだろうか。

「私は、“言葉が降りてくる”なんてことは絶対になくて、自分の体験や感じたことを加工して書いています。でも、自分の経験だけでは足りないから、作詞の相談を受けたら“本を読め、映画を観ろ”って伝えています。それは、知っている言葉を増やすためというよりは、自分にない価値観や感性を養うことにつながるんですよ」

「私は引き算より足し算が好き」。新しい演歌にも意欲

 また、今年は自身がプロデュースしているドラァグクイーン・ユニット『八方不美人』のライブも精力的に行うそうだ。

『八方不美人』のメンバー。力強い歌声としなやかなパフォーマンスは必見!

「あらゆるヒトやモノが“虚像”と“実像”を持っている中で、歌の世界って、虚像だと思うんですよ。そこで実像をバラすわけじゃないし、だからこそ理想の世界観が確立される。それと、私は等身大を見せるっていうのが大嫌いなんです。よく“等身大の私で〜”みたいなキャッチフレーズがありますけれど、“等身大のお前が、どんだけ魅力的なんだよ!”って思うくらい(笑)。だから、八方不美人のように飾るほうが得意なんですよね。ほかの人が引き算をするところでも、私は足していくのが好きなんです。

 今後は、ポップスの作曲家と組んで、新しい演歌を書いてみたいです。若い子が歌う演歌って、『夜桜お七』とか『天城越え』とか、どこかトガっているでしょ? 例えば、島津亜矢さんなど歌がうまい人に書きたいですね。私は、“生涯現役で”なんて思ってなくて、もし時流が読めなくなったら、バサッとやめるつもりでいます

 とはいえ、'23年初めには、歌謡曲を歌う女性歌手・藤井香愛のシングル「夢告鳥」がオリコン15位に登場するなど、昭和、平成、令和とヒット作を手がけ続ける及川。まだまだ現役期間は長そうだ。最後に改めて、自身のヒット作がもっとも多いWinkならではの魅力について語ってもらった。

Winkは歌声の重なりが抜群にいいんですよね。ふたりの声や容姿もそれぞれ個性的で作りやすかったですが、もしソロで出ていたら、あんなには売れなかったと思います。

 '18年に出版した作詞の教則本『ネコの手も貸したい』(リットーミュージック)にもWinkのことが載っているので、ぜひ読んでみてください。この本は徹底的に技術論なので、作詞をしたい方全員に読んでほしいですね。これを読んでも書けない方は、才能がないと思ってください(笑)」

 “人脈こそ金脈”と考えて『知のアジト』を設立した及川だが、自ら仕事を売り込むことなく、これだけ幅広いジャンルで実績を残し続けているというのは、“この人に頼めば、きっと何か裏切ってくれるだろう”と常に期待されるからだろう。ただし、“裏切り”ができるということは、同時に“王道”がどこにあるかも把握しているということ。少し聴けば無難なようで、実は、奥が深い。ここに、時空を超えてWinkの楽曲が愛されているヒントが凝縮されている気がした。

SpotifyのWinkアーティストページも要チェック! ※記事中の写真をクリックするとこの写真と同じページにジャンプします

(取材・文/人と音楽をつなげたい音楽マーケッター・臼井孝)


【PROFILE】
及川眠子(おいかわ・ねこ) ◎作詞家。1960年2月10日生まれ、和歌山県出身。'85年三菱ミニカ・マスコットソング・コンテスト最優秀賞作品、和田加奈子『パッシング・スルー』でデビュー。Wink『愛が止まらない』『淋しい熱帯魚』('89年度日本レコード大賞受賞)、やしきたかじん『東京』、新世紀エヴァンゲリオン主題歌『残酷な天使のテーゼ』('11年JASRAC賞金賞受賞)『魂のルフラン』、CoCo『はんぶん不思議』等ヒット曲多数。著書には『破婚〜18歳年下のトルコ人亭主と過ごした13年間』(新潮社)、『ネコの手も貸したい』(Rittor Music)などがある。数々の歌い手に詞を提供するとともに、ミュージカルの訳詞や舞台の構成、CMソング、アーティストのプロデュース、エッセイやコラム等の執筆や講演活動も行っている。

【INFORMATION】

及川眠子 会員制オンラインコミュニティサイト「知のアジト」発足!
 及川眠子が気になった出来事をつづったり、会員同士で「推し」を紹介し合ったり、及川眠子とさまざまなジャンルのクリエイターが語ったりする中で、会員の“知的好奇心”を刺激し、また、人と人との新たなつながりを生み出すためのコミュニティサイト「知のアジト」が'22年に誕生。詳しくは公式サイトへ!

◎「知のアジト」オフィシャルサイト→https://chinoagito.com/about
◎及川眠子オフィシャルサイト→http://www.oikawaneko.com/
◎公式Twitter→@oikawaneko