「シャークジャーナリスト」として、サメの魅力を世間に伝えている沼口麻子さん。インタビュー前編では「サメに目覚めたきっかけ」や「魚オタクが集った海洋学部の日常」について教えていただいた。

 今回は沼口さんがシャークジャーナリストとしての活動を始めるまで、また絶滅の危機に瀕しつつも研究がなかなか進まないサメの現在地についてインタビューする。

【前編→ダイビング中に目の前にサメ…!「“怖い”ではなく“研究したい”と思えた」シャークジャーナリストがサメにハマったワケ

「好き」「できること」「ニーズ」を踏まえてシャークジャーナリストに

──前編で大学4年生のころ「小笠原諸島でのシロワニとの触れ合いがサメに興味を持ったきっかけとなったこと」を伺いました。卒業論文はどんな内容を書いたんですか?

「過去の論文をもとに、比較しながら研究内容を決めるのが通常なんですが、小笠原諸島のサメに関しては過去にほとんど研究がされてなかったんですよ。

 だからまずは“小笠原諸島周辺海域のサメ層一覧”を作りました。地元漁師の方々や水産センターに協力してもらい、漁獲したサメの種類をリストアップしていったんです」

──それくらい研究が進んでいなかったんですね。2001年当時で何種類くらい見つかったんですか?

「過去の論文と自分のサンプリングを合わせて、34種類のサメがリストアップされました

──小笠原諸島だけでそんなに多くの種類があるんですね!

深海や外洋域までは手が回らなかったので、調べればもっといるはずです。その後、大学院に進学し、新たなテーマとして“サメの寄生虫”についても調べました。それからは一転、海を離れて研究室でひたすら寄生虫を調べました。

 修士を終えるときに研究か就職かでとても悩んだのですが、研究で結果を出し続ける自信がなかったので、就職の道を選びました

──なるほど。サメ関係の就職先ですか?

いえ、システムエンジニアになりました(笑)

──え! どうしてまた!

「サメ関連の就職先は当時どこにもありませんでした。システムエンジニアは将来性もあり、お給料もよかったので、そこに決めたんですよ。それで結局、惰性で8年間くらいエンジニアの激務をこなしていたんですが、最後は体調を崩してしまい休職しました。月に50~80時間くらい残業してました

──めちゃくちゃハードワークですね……。

「半年くらい寝込んでしまったんじゃないかな。大学院時代も研究室に泊まるくらい働いていたのでガッツだけはあったんですよ。それで実家の布団の中で“次は何をしようか”と、うんうん考えていたら『シャークジャーナリスト』という言葉がポンと出てきたんです」

──え、そんな天啓みたいな感じで?(笑)

まさに。サラリーマンが合わないのなら、自分で何かやるしかないと。でも何をしたらいいのかわからない苦しみに襲われていたんです。そんなときに、以前に通っていたセミナーで“自分の好きなこと”“できること”“ニーズ”の3つを満たせば仕事になる、と教わったことを思い出しました。

 それを基に“サメが好きで、IT企業にいたのでSNSはできるし、文章も書ける。そして私の困りごと(ニーズ)はサメの話ができる友達がいないことだ”、と整理しました。それで試しにFacebookでサメのコミュニティを立ち上げたら、すぐに1200人くらい集まったんです」

──おぉ! 実はみんなサメの話がしたかったんですね。

「そうですね。それでコミュニティのリーダーになり、サメ好きのみなさんと楽しく交流しているうちに、気づけば本を出せたり、メディアに出演したり、専門学校の講師をさせていただけたりして、今に至ります」

人気の秘密は「子どもの主体性を尊重すること」

──沼口さんのオンラインサロン「サメサメ倶楽部」では、どんなことを教えているんですか?

オンラインの定期イベントの他に、全国各地でサメイベントを開催しています。拠点は静岡市清水区にあるサメラボという、サメサメ倶楽部メンバー専用の家です。

 家の中にはサメの標本がずらっと展示されていたり、サメ専用の解剖台を完備していたり。解剖や標本作り実習を定期的におこなっています。サメの胃内容物を調べることは特に子どもたちにも人気がありますね

──普段は見られないので、すごく興味深いです。お子さんもたくさん参加されるそうですね。

「はい。最年少で2歳の子も参加してくれているんですよ。私は宿題を出すくらいで、あとは子どもたちが主体となって意見交換をしています。

 例えば“シュモクザメの頭はどうしてあんな形になっているのか考えてみよう”と課題を出して、みんなで考えてプレゼンしたり、ディスカッションしたり……。

 私が定説を伝えるだけでは意味がないと思うし、定説を教えるのはおもしろくないと思うし、私としても子どもの発想から教わることが多いんです。だから常に子どもたちが主体になって、意見を交わしてもらっています」

サメの研究がなかなか進まない3つの理由

──こういった場が素晴らしい役割を果たしていると思います。未来の研究者が増えていくきっかけにもなりますね。

「そうですね。特にサメの研究ってなかなか進んでいないんです」

──これだけ人気があってメジャーな魚類なのに意外です……。どうしてなんでしょう。

魚類の研究者にとって、サメは研究しにくいんですよね。

 まず寿命が長い。例えば寿命が約1~2年くらいの硬骨魚がいる一方で、『ジョーズ』で有名なホホジロザメは75年くらい生きます。生態を完全に分析するためには、ひとりの研究者が生涯をかけなきゃいけない。

 北大西洋にいるニシオンデンザメなんて400年くらい生きますからね。江戸時代から令和まで生きる生物のすべてを、たかだか80年ほどの寿命しかない私たちが解明するというのは、なかなかハードルが高いことだと思うんです」

──知らなかった……。ちょっともう笑っちゃうくらい長いですね。

そのうえ個体数が少ない。一般的な硬骨魚が1回に数万個の卵を産むのに対して、ネコザメがワンシーズンに産む卵は12個前後です。

 胎生のシロワニであれば一回のお産で2尾しか生まれてきません。当然、サンプルが少ないので信頼に値するだけのデータがなかなか集まらないんですよ

──なるほど。物理的にきつい一面もあるんですね。

「そうですね。あとは何より危険であること。実際にダイビングをして調査する場合はタンク内の空気残量、潜水病などに注意することは勿論なのですが、大型の野生生物に近づくということは、常に“危険”と隣り合わせであることには違いありません」

──われわれはどうしてもパニック映画に出てくるサメの姿がパッと思いつきます。

「そうですよね。人間が跡形もないくらい食べられるシーンは“さすがにオーバーなのでは”と思いますが、間違いなく危険ですからね。“映画みたいに怖くないですよ”とは絶対に言えません

──沼口さんは研究者ではなくジャーナリストですが、実際に潜ってサメと触れ合える存在は貴重なんですね。

「そうですね。シャーキビリティ(※)が高いですので(笑)。前編でも言いましたが、それくらいハードルが高いほうがやりがいを感じますし、多くの人がやりがたらないことだからこそ、意義があると思いますね」

※沼口さんが命名した「サメへの愛・知識」を表すフレーズ。(例)「みんな、図鑑を読んでシャーキビリティを高めようじゃないか」

──危険性もあるので、相当なサメ愛が必要になる。“どの魚でもいい”くらいの熱量ではサメの研究は難しそう……。「寿命」「個体数」「危険度」の3つがサメの研究が進まない理由なんですね。

「研究者として生活するためには、継続的に論文を書く必要があります。ひとつの論文を出すまでにかなりの労力がいるんですよね。サメを研究テーマにするのもしかりです。更にサンプル集めのハードルが高いことも多いので、研究が進みにくいのかもしれません。

 しかしながら、海洋の食物連鎖の頂点にいるサメが絶滅してしまうと、ひとつ下の中型魚が増えます。するとそのエサである小魚が減ってしまう。つまり生態系が崩れてしまうんですね

 いま37%のサメ・エイの仲間が絶滅の危機に瀕しています。サメを保全するためにはサメの研究者がもっと増えて、サメの生態がより解明されることが必要です。こうした現状をより多くの方に知ってほしいです」

――由々しき問題が起きているわけですね。研究者が参入しにくい状況だからこそ、シャークジャーナリストとしての沼口さんの活動は光ります。

「いま専門学校で海洋生物を学んでいる学生さんにも、未来を背負う子どもたちにも、サメの魅力を発信し続けたいと思っています。

 今後は静岡県だけでなく、宮城県にも拠点を設ける予定なんですよ。それによりもっと多くの方に向けて発信していければと思っています」

身の危険を上回るほどの「サメ愛」

 この世の仕事の多くは「知識・技術・経験」があれば、意外と誰でもできる。しかし沼口さんの仕事は、何より「愛」が要る。どんなに魚類の知識がある人でも、野生のサメの隣では泳げない。現場で潜り続ける沼口さんのサメ愛には驚いた。

 そんなサメ愛を育てるうえで、沼口さんが友達ではなく生き物と遊んだ日々は必要だったのだろう。一見して苦い思い出を"武器"に変えた結果、いま沼口さんの周りにはサメ好きの人たちが集まっているのは素敵だ

 さて、サメの個体数はここ50年で70%以上も減少している(※)。そこには海洋の環境汚染も関係しているそうだ。沼口さんの活動を知ることでふとした瞬間にサメの現状を思い出して、環境に配慮してみる。その一つひとつが人間の将来を守るためにも大切なのである。

※出典:グリーンピース・ジャパンより「50年間でサメの個体数は70%以上減少。急がれる保護と海洋保護区の必要性」

(取材・文/ジュウ・ショ、編集/FM中西)