師匠からの「どんどん女版を作れ」という言葉に励まされた

 こみちさんが本格的に女性を主役に据えたり、女性目線の古典落語をやるようになったのは'17年、真打になってからだ。だが、最初はとても燕路師匠には言えなかった。もちろん、寄席でこみちさんが古典落語の女性版をやっていることに、気づいてはいたはずだ。'19年、師匠との二人会で、了解を得てやってみた。楽屋に戻ると師匠は「なるほどね」と感心したように言ってくれた。そのとき、「試し酒」という噺を女性版でやりたいと相談した。

「2か月くらいたってからですかね、“この前、言ってた試し酒、女でやりたいんだろ”と言われて。もう、ドキドキです。天命を待つような気分。そうしたら、“今はどんな噺でも、いろいろな師匠たちの資料があるだろ。それを聞いて、どんどん女版を作れ”と。さらに、“誰かに何か(悪口などを)言われたら、オレから習ったと言え”って。これはうれしかったですねえ

 師匠がこみちさんを全面的に認めた瞬間だろう。それまでもがいていた気持ちが、もっと前向きに変わっていった。

取材日にこみちさんが出演した新宿・末廣亭の外観。風情ある建物が多くの人々から愛されている 撮影/伊藤和幸

 もちろん、登場人物を女性にすれば成立するわけではない。女性にしても違和感なく受け入れられるものでなければならないし、話の運びに無理があってはならない。作って勉強会にかけて、お客さんからの意見も聞いて、何度も何度も練り直して話して、徐々に自分のものになっていく。

「いろいろ研究して、わかったことがあります。落語は男性目線だと言われますが、それは演者に男しかいなかったからだとも言えるんです。男がやりやすいようにできている。だからよく考えると不自然なところもある。ここはおかみさんにしゃべらせたほうがいい、という場面でもおかみさんは出てこなくて、男があたかもおかみさんとしゃべっているように作られているとか。演者が女性なら、そこはおかみさんが話したほうが自然になるわけです。そういったことを解放していけば、落語には無限の可能性があると思うんです

 ただ、長く男性だけがやってきた仕事だから、かつてはお客さんから“無言の抵抗”を感じたこともあるという。それでも、これだけ女性落語家が増えると、もう時代の流れには逆らえない。むしろ中高年の男性にとって、若い女性の噺家はアイドルのようになりつつある。落語の歴史は、今まさに転換点を迎えているのかもしれない。