まずは男性をきちんと演じられてこそ。家族との関係、今後の目標は

 一方で、こみちさんは男性を主役とした従来の古典落語にも真摯(しんし)に向き合っている。

男の落語家が女性をやるより、女性の落語家が男をやるときのほうが、お客さんの目がシビアなんです。それを克服するための鍛錬はしましたね。地声の表現の幅を広げることとか、どんなに声を張っても男を演じている限り、声が裏返らないようにすることとか。あとは口の運びというんでしょうか。以前、“最初は若旦那として聞けていたのに、最後の最後になって若旦那の色が抜けてしまうことがある”と言われて。だから最後の瞬間まで、自分の言葉に耳を研ぎ澄ますことが必要だとか。男を演じられないから女に逃げていると思われたら負け。男をきちんと演じられてこそ、女性が生きるわけですから

 そのためには人生賭けてやる、死に物狂いでやると、こみちさんはきっぱり言う。インタビュー中、何度も「死に物狂い」という言葉を使った。落語が好きで、そして落語に愛されることを願って、まっすぐ一本の道を歩いている人なのだ。

 現在、9歳と7歳になる子どもたちも、「立ってしゃべるのがお父さんの仕事、座ってしゃべるのがお母さんの仕事」と理解している。特に次男は昨年、母の落語を聞いて「お母さん、すごい」と翌日まで言っていたという。

 家庭を持ってふたりの子がいて、なおかつ「死に物狂い」で落語に向き合う。さらに中学生時代からやっている日本舞踊の稽古は今も欠かさない。これもまた落語に生きるのだという。

「子どもたちが小さいころはベビーシッターやら両親やら、みんなに協力してもらっていました。今も周りには助けられていますね。結婚したときは9割、私が家事をしていたのに、今はなぜか家事を夫が7割くらいやっている日も……(笑)。いや、私、仕事中毒みたいなところがあるので、夫の理解は不可欠なんです」

 急に声が小さくなった。パズルのピースをあてはめていくようにスケジュールを作って時間を生み出し、日々、落語と真剣勝負をしているのだ。そんなこみちさんの今後の目標は、「自分の作った古典落語の女性バージョンを、ほかの女性噺家にどんどんやってもらうこと」。そしていつか、それが「古典落語」として根づくことだという。

 落語が「落とし噺」として庶民に流行(はや)るようになって300年とも言われている。手ぬぐいと扇子だけであらゆる物語を表現する落語の世界が、こみちさんの登場でさらに大きく広がっていきそうだ。

こみちさんの挑戦はまだまだ続く! 撮影/伊藤和幸

(取材・文/亀山早苗)


【PROFILE】
柳亭こみち(りゅうてい・こみち) ◎東京都東村山市出身。早稲田大学を卒業し出版社勤務を経て、2003年、柳亭燕路に入門。前座名は「こみち」。'06年に二ツ目に昇進、 '17年に2児の母としては史上初の真打昇進。NHK『東西笑いの殿堂』、TBS系『落語研究会』、日本テレビ系『ヒルナンデス!』など、テレビ、ラジオ番組に出演。学校寄席の出演、コラム執筆も手掛けている。  趣味・特技は日本舞踊(吾妻流名取 名取名<吾妻 春美>)。女性版の古典落語を積極的に作り、落語界に新しい風を吹かせている。

【柳亭こみち独演会・芸歴20周年記念 落語坐「こみち堂12」】


日時:2023年4月18日(火) 18:00開場/18:30開演
会場:国立演芸場
料金:全席指定3600円 《完売御礼!》
※詳細やチケット情報は公式サイト内特設ページへ→https://komichinomichi.net/?p=2219

【柳亭こみち 芸歴20周年記念公演 この落語、主役を女に変えてみた
〜こみち噺 スペシャル〜】


日時:2023年8月12日(土) 18:30開場/19:00開演
会場:日本橋社会教育会館 8Fホール
料金:前売り3000円/当日3500円

◎公式サイト「こみちの路」→https://komichinomichi.net/
◎Twitter公式アカウント→@komichiofficial