騒音による殺人事件は年間50〜60件も
さて4月。異動や転勤で引っ越しをしたり、これから予定している読者もいるに違いない。
コミュニティの新人として挨拶をし、迷惑をかけない生活を心がけても、それでも煩音問題が発生してしまう場合がある。
「こうした場合、日本には解決のためのシステムがないのが問題だと思います」(橋本代表)
ちなみに米国にはNJC(Neighborhood Justice Center)、日本風にいえば「ご近所トラブル解決センター」ともいうべき存在がある。これは当事者2人とボランティアによる調整人2人参加の計4名で行われる無料の話し合いシステムで、煩音トラブルをはじめ、さまざまなトラブル解決の手助けになっている。
「ところがこうしたシステムがない日本では、煩音トラブルがエスカレートした場合には、どちらかが引っ越すしか手の打ちようがないのです」(橋本代表)
橋本代表によると、マンション等での煩音トラブルは「4点セット」と呼ぶ(1)〜(4)の段階を踏んでエスカレートしていくという。
「煩音が生じると、(1)被害者はまず管理組合に苦情を言います。組合は“騒音注意”の張り紙こそしてくれますが、それ以上はしてくれません。(2)すると今度は被害者が行政に相談するものの、行政は“苦情が来ています”等の注意ぐらいでやはり何もしてくれない。(3)困った被害者は警察に相談しますが、こうなると、それまで多少は気を遣っていた加害者側にも、被害者への敵意が生まれます。“そこまでするならこっちも気なんて遣うものか!”となり、解決したいとあがけばあがくほど、関係がますます悪化していくのです」(橋本代表)
(3)の段階まで行くと今度は、(4)被害者側が被害の記録を取り始める。
「深夜の何時まで音がしていた、何デシベルもあった等々で、お互いますます敵意を募らせることになってしまう」(橋本代表)
こうなってしまったら訴訟までは時間の問題だが、裁判に勝ったとしても手にできるのはよくても数十万円程度。弁護士費用にもならないし、被告側も原告側も、顔を合わせて住み続けるのも難しくなる。賃貸ならば引っ越せばいいが、分譲だったら目も当てられない。
ちなみに橋本代表の調査によると、騒音による殺人事件は年間およそ50~60件で、傷害事件はその30倍に上るという。問題発生から2~3年、早いと3か月半ほどで事件までステップアップしているというから恐ろしい。
「私は常々、“騒音問題は消火設備(NJCのような解決システム)がない火災”と言っています。だからこそ、煩音対策には初期消火が大切なのです。
怒りに対して怒りで応えれば双方に悪意が芽生えるだけ。苦情に対してはまず心を開いて受け止めて謝り、気をつけながら個人的にも仲よくなることを心がけましょう。そう思っていれば、関係悪化がエスカレートすることはありませんから」(橋本代表)
(取材・文/千羽ひとみ)
〈PROFILE〉
橋本典久(はしもと・のりひさ)
騒音問題総合研究所代表、八戸工業大学名誉教授。福井県生まれ。東京工業大学・建築学科卒業。東京大学より博士(工学)。建設会社技術研究所勤務の後、八戸工業大学大学院教授を経て、八戸工業大学名誉教授。現在は、騒音問題総合研究所代表。1級建築士、環境計量士の資格を有す。元民事調停委員。専門は音環境工学、特に騒音トラブル、建築音響、騒音振動、環境心理。著書に『2階で子どもを走らせるな!』(光文社)、『苦情社会の騒音トラブル学』(新曜社)、『シニアのための海外自転車ツーリング講座』(Amazon)他多数。日本建築学会・学会賞、著作賞、日本音響学会・技術開発賞等受賞。米国への現地調査後、わが国での近隣トラブル解決センター設立を目指して活動中。