自分の価値観を相手に押しつけないという優しさ
──面白いです。"無関心"は相手を受け入れる優しさでもあるな、と。自分の考えで相手をコントロールしたくなるところを「一歩引く」能力ってすごく大事です。
「相手への尊厳さえ持っていれば、社会は多様化していくと思うんですよ。
例えば、効率を求めず“自分の手で畑を耕すのが好きだ”という人に“いやいや機械化したほうが便利だし早いじゃん”と価値観を押しつけるのは、あまりに想像力がないですよね。たとえマイノリティだとしても、その人は鍬(くわ)を振ることに幸せを感じているわけですから。
社会のルールを作るうえで、マジョリティを作ったほうがコントロールしやすいのは確かだと思います。でもその結果、多様性からは遠ざかっていく。
歌舞伎町で生きる人は他者に対して適度に無関心だからこそ、結果的に各々の考えを尊重できている。“それぞれの価値観のまま暮らせる社会”を作りたいのであれば、歌舞伎町のマネをすればいいじゃんって思いますけどね」
──なるほど。ただ「自分の意見を押しつけないこと」って人間としてハイレベルだと思います。みんなつい社会的欲求を求めてしまい、口出しをしてしまうわけで……。そう考えると歌舞伎町で生きる方は一人ひとりが自立できているのかもしれません。
「なんというか、"ムラ"なんですけど、ムラっぽくないですよね。なんだかんだ歌舞伎町では“お金が正義”という価値観が根付いているのが、その要因なのかなと思います。
例えば港区だと新店のオープニングや周年パーティーは無料で招待するのが普通だと思うんです。でも歌舞伎町はどんなに仲がよくても、必ずお金を取ります。みんなそのことをわかっているので、思い切りお金を使ってお祝いする文化がありますね」
──お金を取ることで一定のラインを引くというか、距離感を保っているわけですね。
「そうです。お客さんに対しても同じで、知名度や社会的地位は関係ない。“今日〇万円使ってくれる客”というクールなラベリングをします。僕が行くときも同じで、“経営者の手塚マキ”でもないし、“現代アート好きの手塚マキ”でもない。ただ“今日3万円使ってくれる人”と見られますね。
お金を尺度にすることで過度に他人に踏み込まない。一人ひとりが独立できているんだと思いますね。だから他者に対して適度に無関心な状態を保てるんじゃないかな」
──そこが飄々としていて素敵です。客の立場でいうと「柳緑花紅(※)」というか、経営者であっても有名人であっても、人としてむき出しの状態で存在できるわけですね。
※禅語。人の手を加えられず、自然のままにいることのたとえ
「歌舞伎町に遊びに来るお客さんは、それが楽なんでしょうね。日常生活とは無縁の空っぽな状態で過ごせる。だからこそ普段の自分では絶対に出合えない体験ができますしね。
働いている人も色眼鏡で客を見ることはない。だから誰でも受け入れられるわけで、自然と客層も多様化しているんだと思います」
──なるほど。
「ただ一人ひとりが独立していながらも、歌舞伎町で働いている人って、基本は歌舞伎町内の店で遊ぶんですよ。つまり歌舞伎町の経済って、かなり内々で回っている部分も多い。そのあたりは"ムラ"として成立している。これはまた独特な文化ですね」