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臼井孝の「大人ポップス聴き語り」

昭和の歌謡曲から平成・令和のJ-POPの時代まで、時を超えて語り継がれる名曲を創りあげてきたアーティストや作家などのMusicmanにスポットを当て、懐かしい歌も知らなかった歌もじっくり聴いてみたくなるようなインタビュー・コーナーです。

芸能

光GENJI「新宿駅で降車NG」「荷物のフリして移動」当時の仰天エピソードと少年隊への“強い憧れ”

SNSでの感想
山本淳一さん(写真左)、佐藤寛之さん(同右)。光GENJIの超絶人気ぶりがわかるエピソードも明かしてくれた 撮影/矢島泰輔
目次
  • 男闘呼組の再始動に触発された。ローラースケートの魅力も再確認!
  • 少年隊で思い出深い曲は『あなたに今Good-bye』と『仮面舞踏会』
  • 人気絶頂期にまさかの電車通学、新宿駅では“改札通過NG”が出るときも
  • 植草克秀とふたりをつなぐキーワードは「アロワナ」と「デコピン」
  • 植草は「努力の人」。憧れと感謝を胸に、最高のステージへ!

 2023年5月2日から、少年隊・植草克秀の東名阪ソロツアー『MOVING ON〜SECOND SEASON〜』が始まり、元・光GENJIの佐藤寛之と山本淳一がゲスト出演! SNSでは少年隊や光GENJIファンの喜びの声であふれていたが、fumufumu newsによる佐藤・山本へのインタビュー取材がおこなわれたのは本番のちょうど1週間前で、「ステージの構想を練っていると夜が明けてしまうほど」と語っていたふたり。今回は、リハーサルの様子やアイドル時代のエピソード、そして先輩である少年隊や、植草への思いを語ってもらった。

(ふたりの関係性やゲスト出演が決まるまでの経緯を中心に語ってもらったインタビュー第1弾→元・光GENJIの“仲良しコンビ”が大先輩・植草克秀のステージに出演! イメージカラー決定の経緯も明かす

男闘呼組の再始動に触発された。ローラースケートの魅力も再確認!

山本淳一(以下、「山」)「今回のステージでは光GENJIの曲も歌いつつ、サプライズも用意しています!!」

佐藤寛之(以下、「佐」)「でも、久しぶりに2人で歌うので、リハーサル中に確認することがとても多いんです。僕らの今の声の感じとか、ローラースケートをどれだけ滑れるかとか。10代のときに歌っていた曲を50代で披露するわけですから、当時のように元気よく踊るほうがいいか、それとも今の等身大の姿で、大人っぽく魅せるのか。その葛藤で毎晩、眠れなくなっちゃう。“ジャニーさんなら、どう言ってくれるかな?”って考えながら、言葉が降りてくるのを待つ日もあります

 その背景には、あるグループの決意も大きな原動力になっているという。

「昨年、男闘呼組のみなさんが再始動されて、やっぱりすごいことだなって。彼らも僕らもエンターテインメントをやってきたわけだから、身が引き締まる思いです」

 そして、やはり光GENJIといえばローラースケートで、今回また練習をしながら、その魅力を実感したそうだ。

「ローラースケートは、履いているだけでも体幹が鍛えられるので、健康グッズとしてもオススメです!」

「女性も腰回りや脚が細くなりますからね。僕は、自分のライブでもときどき、ローラースケートを披露していますよ。履くだけでも懐かしんでもらえるので。来ていただいた方々にも元気になってもらいたいですし、今の僕たちもちゃんと表現しようと思っています!」

 確かにふたりとも、身体のシルエットが20代のころとまるで変わらず、撮影中、台をひょいと飛び越える際も、青年のように軽やかな足取りで驚いた。

光GENJIはローラースケートを履いてのパフォーマンスのほか、圧倒的ヴィジュアルとスター性で絶大な人気を誇った

少年隊で思い出深い曲は『あなたに今Good-bye』と『仮面舞踏会』

 続いて、デビュー前後から見つめてきた少年隊について語ってもらったのだが、次々とエピソードが飛び出してきた。それだけ強い憧れを抱いていたのだろう。

僕、中学2年生のとき、少年隊が『日本レコード大賞』で最優秀新人賞を受賞した際に応援で駆けつけたジュニア数百人の中のひとりだったんです。そして、その次の日、元日のコンサートでも踊らせてもらったので、本当に大先輩という思いです! 歌にしても踊りにしても、エンターテインメントの最高峰で、当時はお話するなんて恐れ多くて……という感じでした」

僕は、ジュニア時代の最初のステージが少年隊の1日5回公演という伝説のコンサート(1984年)で、その最後列で踊っていました。当時のジュニアでは、1列でも前で踊れるよう頑張って、最前列になるまで3年くらいかかりましたね。そして、少年隊のみなさんのバックで踊れるのも、最初は1曲だったのが、だんだん曲数が増えていったんです。だから、少年隊が踊っている曲は身体に染みついていましたね。いちばん思い出深いのは『あなたに今Good-bye』です。この曲で、“踊るのが楽しい~!”って目覚めました。当時、男子がダンスをするなんて衝撃的でしたからね

「僕のいちばんの思い出は『仮面舞踏会』ですね。少年隊のデビューイベントが新宿アルタであったんですが、レコードを購入した人は握手ができると聞いて、お客さんとしていったんですよ。どうしても観たくて男友達を集めて。そこで少年隊の3人とも握手できたんですが、植草さんはあまりの大人数に体調を崩されていたんでしょうね、イスにしゃがんで手だけ伸ばして握手していました。その様子を先日、お話ししたら、“やってた、やってた! あのとき、いたの!?”って喜んでくれました。あのイベントの大盛況ぶりを見て、“スターってすごいな!”って気持ちがハジけましたね」

「おう、ありがと〜!」と握手会での植草の様子を再現する山本。憧れの存在と握手できて心からうれしかったそう 撮影/矢島泰輔

「僕の場合は、うちの姉がジャニーズ事務所に履歴書を送って、最初は無理やり連れられて行ったのですが、そのレッスン場で少年隊のみなさんが踊っていらっしゃっていたことが、ジャニーズでの活動を本格的に始めるきっかけになったんですすごくカッコよかったので、僕も頑張ってみたいなと思って。山本くんは、自分で応募したんだよね? やっぱり彼はもとからスターになりたかった人だから、そのテンションは僕とは違いますよ。しかも、彼が応募したきっかけは、少年隊じゃありませんから!(笑)」

「実は……そうなんです(笑)。オーディションのカセットテープにはシブがき隊の歌で。もっと言うとマッチ(近藤真彦)さんが賞レースで歌っているのを見て、“母ちゃん、オレ将来、あんな風になるからね!”って台所にいる母に宣言していました(笑)。そのころは、男友達とシブがき隊の歌と振りを覚えて、クラスの女子たちの前で披露する、ということをやっていました。そうして事務所に入ってから、少年隊のみなさんに会うのですが、歌もダンスも完成度が高くて驚きました。この方たちを目指して、まずはバックで踊りたい! と思い頑張って、その場所ではすでにヒロ君(佐藤寛之)が踊っていて、さらに、そのヒロ君と同じグループになって切磋琢磨して……。だから、常に高いレベルに行きたいという目標がありましたね

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