「東京HOLD ME TIGHT」「ラヴ・イズ・オーヴァー」の選曲理由は?
そして、6曲目は桂銀淑が1991年1月に発表したスロー・ナンバーの「東京HOLD ME TIGHT」。この曲のみ、平成時代の楽曲だ。
「これを採用した背景としては、芝居で使ったことが大きいですね。つかこうへいの舞台『熱海殺人事件』の中で、刑事部長が警視総監に調査報告をする長台詞のシーンがあるんですよ。それを自分が演出したときのBGMに、『東京HOLD ME TIGHT』を使わせてもらったんです。なんとなくブルージーで、東京の街を見下ろしているようなイメージに合うと思ったんですよね。僕の中でこの歌の景色は、新宿の大ガードから見える青梅街道に架かった歩道橋。そこに日付が変わるくらいの時間に立って、西新宿側から歌舞伎町ゴールデン街を眺めている感じ。都会の喧騒があるからこそ、淋しさを感じるんですよね」
もともと、桂銀淑の歌声に“女版・柳ジョージ”と思うほど惹(ひ)かれていたという。
「桂銀淑さんとは、僕ら少年隊がデビューしたときに賞レースの音楽祭でご一緒することが多かったんです。そのころ初めて聴いて、ハスキーな歌声がものすごくお上手で。そして、ソフトリーゼント系のショートヘアも、男装の麗人のようでシビれました。そのときの桂銀淑さんと、若いころの小池百合子さんって、かぶるんだよね(笑)」
7曲目は、'79年、'82年に発売され、'83年から'84年に息の長いヒットとなった欧陽菲菲の「ラヴ・イズ・オーヴァー」。本作の中で唯一のオリコン1位獲得曲で、こだわりの選曲が多い中にカバーの定番曲が入ると、
「これは単純に歌いたかったんです。欧陽菲菲さんの大ヒット曲ですが、僕がいただいたレコードは生沢祐一さんバージョンだったので、“あっ、男の人も歌っていいんだ”と思って歌いました」
本作では、「オーヴァー」の音階がオリジナルと錦織とでは異なっているという感想がSNSでも見られたが、何かこだわりがあったのだろうか。
「それは気分で歌ったんじゃないですかね。僕は、譜面を見ないで歌っているので。でも、それがいい方に転んだりもするのでね」
実際、担当ディレクターも、錦織らしい味わいがあるので、そのまま進めたとのこと。確かに、オリジナルでは「オーヴァー」が強いぶんだけ悲しみが深くなるが、錦織の「オーヴァー」は、人肌の温もりや優しさが感じられる。このように歌の情景が変わるのも、カバーアルバムの醍醐味だろう。
「でも、それに気づくファンの方もすごいですね。この曲はスナックとかで、これまであまり歌っていないんですよ。『ラヴ・イズ・オーヴァー』や『マイ・ウェイ』は、他に歌いたい人が絶対にいるから、その邪魔をしちゃいけないと思って。4曲目の『めぐり逢い紡いで』も、知り合いにいつも歌いたい人がいたので、今回はその敗者復活戦みたいなものですね(笑)」
ちなみに、ファンクラブ限定盤のInsturmentalでは、錦織の情熱的なバックコーラスも堪能できるのがおすすめ。また、担当ディレクターによると、トミー・リピューマやネッド・ドヒニーといった西海岸風のサウンドの仕上がりにもこだわっているそうだ。