ほとばしる錦織のヒデキ愛! 夢の共演での忘れられないエピソードとは

 ここで改めて、錦織にヒデキの魅力を語ってもらった。

「とにかく僕はカラダを動かすことが大好きな体育会系なので、熱唱系まっただ中の秀樹さんに憧れたんです。秀樹さんって、後楽園球場のコンサートで、地上何十メートルかのクレーンで吊り上げられたり、空中ブランコで歌ったり、レコード会社対抗のオールスター運動会でも常に花形選手で全力で走ったり、すごくカッコよかったんですよ!」

 さらに、ヒデキ愛ゆえのマシンガントークが炸裂。

それと、僕は子どものころから、ながやす巧先生の漫画『愛と誠』の大ファンで、コミックも全巻そろえていたんです。ながやす先生は助手をいっさい使わず、画家のようにきれいな絵を描く漫画家さんで、『少年マガジン』に連載中も“少女漫画のような少年漫画”と言われてました。その映画の実写化第1弾が秀樹さんですから、とてもうれしかったです。ただ、映画の3部作、なんで全部秀樹さんがやってくれなかったのか、って子どものころは思いましたね。実際の画にいちばん近いのは、(第3弾の)加納竜さんだったんでしょうけど」

 そして、デビューしてからの共演エピソードも語ってくれた(オチ付きで)。

「僕らがデビューしてからも音楽番組でご一緒しましたが、立場が全然違うので、話をすることなどできませんよ。でも、ずいぶんと大人になってからFMラジオの番組でレギュラーを持ったときに('00年前後)、秀樹さんにゲスト出演していただき、いろんな話で盛り上がりました。いちばん面白かったのは、正月に郷ひろみさんのお宅に遊びに行ったときに、ひろみさんのお母さんが秀樹さんに気を遣って、(秀樹がCMのレギュラーだった)カレーを作ってくれたという話。それで、食べ終わった皿の底を見たら、真ん中に“郷ひろみ”って印字されていたんだって(爆笑)

名曲カバーはしっくりこないときもあると『FUNKY FLUSHIN'』で実感

 全10曲ではまったく足りないほどの昭和歌謡愛にあふれる錦織だが、ヒデキの他の楽曲や、例えば、同じくカリスマ性の高い沢田研二の候補曲はなかったのだろうか。

「秀樹さんには秀樹さんしか歌えない曲が多い中で、『ブルースカイ ブルー』なら歌えるかなと思いました。(『傷だらけのローラ』をカバーしてしまうと)“ローラ~!”の部分は、何を歌ってもうまい布施(明)さんがやったとしても違和感が出るでしょ? 沢田研二さんも同じで、他の人が歌ってもあのカッコよさが出ない。歌って難しいですよね」

 続けて、少年隊の楽曲で似た経験を回想。

原曲がカッコいいのに、自分たちがカバーしたら意外とイケてなかったのが山下達郎さんの『FUNKY FLUSHIN'』。山下さんが歌うとものすごくファンキーなのに、僕らは前のめりに歌っちゃって。この曲は、3人別々でレコーディングすることになって、最初に僕がアフタービートでベッタベタに歌ってみたら、当時のディレクターに、“それじゃ3人で合わせられなくなるから”って言われて滑るように歌ったんですが、かえってカッコよくならなかった。だから歌って、結局はその人の持ち味ですよね

 とはいえ少年隊は、中森明菜とともに当時所属していたワーナー・パイオニアの邦楽部門を隆盛させた立役者で、特に'86年、たった2組でランキング番組『ザ・ベストテン』の同年放送全51回中26回も第1位を獲得するほどきらめく楽曲を送り続けてきた。当時の思い出はあるのだろうか。

「明菜ちゃんは同い年ですね。当時のワーナー・パイオニアの社風は、アイドルを売り出すというイメージがなかったんですよ。他のレコード会社の方たちは、ラジオ局でも “新曲出しました~”って明るい感じで宣伝がうまかったですね。でも、ワーナーからデビューさせてもらってうれしかったのが、レコードのレーベルデザインがヤシの木のイラストになったことですね。あと、大好きなブルース・リーのサウンドトラックもワーナーから出していたんですよ

 そういった音楽志向の社風だったからこそ、少年隊も中森明菜も、質の高い音楽を追求することで、今なお語り継がれる名曲が多いともいえそうだ。

「何かポーズとか決めるのは照れちゃうなあ〜」と言いながら服装を整える錦織。ラフなジャージ姿も似合う! 撮影/伊藤和幸