中谷美紀の「MIND CIRCUS」は「自分がいちばんやりたかった世界」

 '90年代の売野作品としては、Spotify第22位となった中谷美紀のデビュー曲「MIND CIRCUS」も思い出深いという。

「すごい、この順位はうれしいね!! 中谷美紀さんへの提供は、坂本龍一さんからの依頼で書いたGEISHA GIRLSの『少年』を気に入ってもらったのがきっかけで。それで、坂本さんが歌う『美貌の青空』の制作をしているときに、“今度、中谷美紀という女の子をプロデュースするので、こういうふうにお願いできますか?”と、スーパーモデルのケイト・モスの写真を見せてくれたんだ。“これを見て、本能の命ずるままに書いてください”、という感じで

 この依頼の際、売野は過去最大級の“生みの苦しみ”を味わったという。

「曲先で『MIND CIRCUS』を書くにあたって、まず、どういう詞がいいのかというスタイルもわからず、非常に苦しんだ。どうやって書こうとしても、メロディーやサウンドに詞が負けてしまって。それが悔しくて2週間くらい書けなくて。当時、ホテルにこもって作詞をしていたんだけれど、ドアの隙間から送られてくる請求書が、とんでもない金額になっていった。これは、もうのんびりしていられないなと思っていたら、エレベーターのベルがチン! と鳴った瞬間、《哀しい世界を浄めるように 街角で微笑って》という言葉が浮かんだんだ。

 こういう歌詞は、自分がいちばんやりたかった世界で、 '80年代に書いた河合奈保子さんの『スターダスト・ガーデン』や山本達彦さんの『SPECTRA』あたりから、どこまでポップスとして成立するのか試行錯誤してきたことなんだ。山本達彦さんなんて、事務所の方から“意味がわからなくてもいいから、人が歌っていないものを書いてください”と言われたことで、よし、やるぞと元気になっちゃって(笑)、自由に書けたんだ。『MIND CIRCUS』 からスルスルと最終的には5曲、ほとんど直しがなく書けたね

 売野は、坂本龍一と同年に亡くなった高橋幸宏との思い出も、非常に印象深いと言う。

「坂本龍一さんだけじゃなく、高橋幸宏さんにも大変お世話になったんだ。僕は作詞家になる前にファッション誌を作っていて、少人数でやっているブランドの方達が広告を出したくなるような本を目指していた。そこで、音楽ページの執筆者として高橋幸宏さんを紹介してもらったんだ。原宿で会ったんだけど、彼がちょうどYMOをレコーディングしている最中で、ブラジル音楽の話を書いてほしいとお願いしたら、上がってきた原稿が、“冒頭から余談になりますが……”と、YMOのことが延々と書かれていて最高だったよ(笑)。

 でも、あるとき“原稿できましたか?”って電話をしたら、“ベルコモンズの1階の喫茶店で会いましょう”と言われ、お店の名前を尋ねたら“んーー、ひとつしかないから行けばわかるんじゃない?”と言われたんだ。それで行ってみたら『コーヒー野郎』という店名で、それが(周囲に聞こえるのが)恥ずかしくて、言えなかったんだね(笑)。そんなシャイなところがあるので、ますます好きになっちゃって。

 その後、僕の『少女A』がヒットしたとき、幸宏さんもすごく喜んでくれて。当時は歌謡曲を見下すニューミュージック系の人もいたので、泣きたくなるほどうれしかったなぁ。安田成美さんのアルバムでも、“半分は細野晴臣さん、もう半分は僕が曲を書くから、詞を書いてくれない?”と依頼してくれました。幸宏さんは偏見がなく公平な人で、独特な審美眼があった。有名になる前から、オシャレでカッコよかったよ」

さまざまなご縁がつながり、仕事の幅が広がっていったことにとても感謝しているという 撮影/伊藤和幸

 売野雅勇限定のSpotifyランキングを見ると、当時売れなかったシングルや、アルバムだけの収録曲がその半数以上を占める。'80年代に飛ぶ鳥を落とす勢いで活躍した売野雅勇だが、決して一過性のブームではなく、むしろ当時よりも評価されている楽曲が多いことからも、改めて名作詞家であることがわかる。

「『夏のクラクション』が2位とか、『MIND CIRCUS』が21位とか、こうやって時間がたってからヒットしてくるのは感動的だよね。サブスクが地形図を塗り替えちゃうってことでしょ? これが、本当のヒットチャートなんだね!」

 7月には、作詞家生活40周年を記念したコンサートの開催や、コンピレ―ションCDの発売などで、注目度も一気に高まるだろうが、メディア露出が落ち着いたとしても、こうして時間を超えるだけのウタヂカラや言葉のチカラを持った作品は、この後も語りつがれることだろう。こうした現象は、決して目先の利益にとらわれすぎず、より長期的な視点で、いいと思うものを信じて発信し続ける人々への、大いなるエールとなるはずだ。

(取材・文/人と音楽をつなげたい音楽マーケッター・臼井孝)


【PROFILE】
売野雅勇(うりの・まさお) ◎上智大学文学部英文科卒業。 コピーライター、ファッション誌編集長を経て、1981年、ラッツ&スター『星屑のダンスホール』などを書き作詞家として活動を始める。 1982年、中森明菜『少女A』のヒットにより作詞活動に専念。以降はチェッカーズや河合奈保子、近藤真彦、シブがき隊、荻野目洋子、菊池桃子に数多くの作品を提供し、'80年代アイドルブームの一翼を担う。'90年代は中西圭三、矢沢永吉、坂本龍一、中谷美紀らともヒット曲を輩出。近年は、さかいゆう、山内惠介、藤あや子など幅広い歌手の作詞も手がけている。

【INFORMATION】

◎“売野雅勇 作詞活動40周年記念 オフィシャル・プロジェクト MIND CIRCUS SPECIAL SHOW「それでも、世界は、美しい」”開催!

・日時:2023年7月15日(土) 16時開場/17時開演
・会場:東京国際フォーラム ホールA
・料金:全席指定 税込15000円
・音楽監督:船山基紀
・出演:麻倉未稀 / 稲垣潤一 / 荻野目洋子 / 近藤房之助 / さかいゆう / 杉山清貴 / 東京パフォーマンスドール(木原さとみ 他) / 中島愛 / 中西圭三 / 中村雅俊 / Beverly / 藤井尚之 / 藤井フミヤ / MAX LUX / 望月琉叶 / 森口博子 / 山内惠介 / 山本達彦 / 横山剣 ほか(50音順。都合により出演者が変更になる場合あり)
※演目詳細やチケット情報は特設サイトへ→https://masaourino40.com/

◎売野雅勇が自ら選曲したプレイリスト・売野雅勇セレクション~ティーンネイジ・ドリーマーが7/5より【おとラボ】で公開予定!
【おとラボ】URL→https://linktr.ee/otolabo

 
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