「歴史を物語化し、それを本当の歴史としてとらえる」現代に続く日本文化

――なんだか忠臣蔵のイメージがガラッと変わりました。

「他にも2021年にアニメ化されて再注目された『平家物語』。平家の栄華と没落を描いたとされる軍記物ですが、これも琵琶法師が「平家と源氏の戦いはこういうモノだった」と語り継いだ物語に過ぎませんが、私たちは半ば史実として受容してきた。

 つまり、みなさんが言う“史実”の多くは、歴史をベースに語り継がれてきた“物語”であるといえます。そして、『仮名手本忠臣蔵』や『平家物語』を読んでこれが本当の歴史なんだ! と、物語を歴史としてとらえようとするのは、日本文化の大きな特徴だと考えています

――文化ということは、現代にもその現象が浸透しているということでしょうか。

「例えば、『日出処の天子』(山岸凉子)や『ブッダ』(手塚治虫)などの歴史マンガを読んで、作中で描かれている内容が本当の歴史だと思う方も多いかもしれませんが、実際は少し違います。そういった、物語が本当の歴史として浸透しているマンガ、小説、映画などは現代にたくさんあふれていると思います」

――『キングダム』を読んで、中華統一までの歴史がわかる! と思うのと同じ現象ですね。

創作物の歴史を辿(たど)ると『仮名手本忠臣蔵』や『平家物語』、近代だと『日出処の天子』や『ブッダ』のように、日本人は昔から歴史を物語として再生産していくことが得意。そして、それを受け入れて楽しめる文化的な価値観を持っているんですね

『地獄楽』は先ほど挙げた作品のような歴史マンガではなく、歴史的要素が詰まったダークファンタジー。となると、作中に登場する忍者、山田浅ェ門、不老不死(徐福伝説)などに注目していくと、本作は歴史そのものではなく、歴史を物語化して“史実”として受け入れられてきた作品から影響を受け、さらに再生産しているのではないかと考えています

江戸時代が舞台なのは必然!時代設定の妙

――『地獄楽』は江戸幕府11代将軍・徳川斉慶が登場することから、舞台は江戸時代だと見てとれますが、時代設定についてはどう思われますか?

物語の舞台を江戸時代後期に設定したのは本当に巧妙だなと思います。実際の江戸幕府11代将軍は徳川家斉ですが、彼が将軍の地位に就いている時期に、オランダを通じて日本に入ってきたヨーロッパの学問「蘭学」がすごく流行(はや)ったんです。

 海外文化の輸入はもちろん、民衆の知識に対する貪欲さもあった時代。やがて、大衆文化はピークに達するほど大きな盛り上がりを見せていました。この時代の流れを受けて、『南総里見八犬伝』や『水滸伝』のように、世間では荒唐無稽な物語が大流行するんです」

――荒唐無稽とは“でたらめな”を意味する言葉ですよね。

「『地獄楽』の物語自体も、かなり荒唐無稽だと思いませんか? 謎の島に罪人たちが集められ、不老不死の仙薬を奪い合わせ、それを持ち帰った1人だけが生き残れる……。もう面白ければなんでもいい! みたいなめちゃくちゃな設定だなと思うのですが、『地獄楽』と同じ江戸時代に、現実でも荒唐無稽な物語が流行っていたんです」

――時代が同じだったら『南総里見八犬伝』『水滸伝』とともに、『地獄楽』が肩を並べていたかもしれませんね。

「まさに時代設定の妙ですよ。作者の賀来ゆうじ先生も当時の文化的背景を知ったうえで、物語の舞台を江戸時代に設定されたのだとしたらすごいなと思います。

 ですので、物語の時代設定と、冒頭でお話ししたとおり史実とは物語化された歴史であるという点。これらを踏まえて、『地獄楽』が影響を受けたと思われる史実を辿っていくと、本作をもっと楽しむことができるのではないでしょうか