ユニークなキャラクターはサラリーマン時代の経験から

『ヒゲのOL 薮内笹子 完全版 春』(KADOKAWA)※記事内の画像をクリックするとAmazonの紹介ページにジャンプします

──必ず電車の座席に座りたい『流星課長』や、真実の愛を知るまでヒゲを剃らないと決めた『ヒゲのOL 薮内笹子』にしても、日常生活の中にある不条理みたいな内容ですよね。

それは僕がサラリーマンだった影響でしょうね。『O.SHI.GO.TO』(1998年)や『少年マーケッター五郎』(1996年)も、サラリーマンだから描けたテーマだと思います

──『パパパパパフィー』(1997~2002年放送・テレビ朝日系)で、PUFFYの大貫亜美さんが『ヒゲのOL〜』を紹介して話題になりました。

あのとき単行本がすごく売れたので、“僕はヒゲのOLで一生食える!”って思ったけれど、全然ダメだったね(笑)

──『ヒゲのOL〜』は「世界のひげそりフェア」など強烈なフレーズが並ぶ内容ですが、ネーム(漫画の下描き)を見せたときに「奇抜すぎる」と言われたりはしなかったですか?

ネームは時間がないとか言ってチェック待たずに描いちゃってた(笑)。この作品は、最初は成人男性向けの媒体からの依頼で。エロ描写って、絵がうまくないと描けないからどうしようかな……って悩んだときに、第1回目の“裸婦像を爆破する”っていうシーンが思い浮かんだんだよね

──(笑)。確かにエロくはないですよね。

「裸婦像もあるし、裸も描いたからあとは好きに描いていいかなって思っていました」

──しりあがり先生の漫画に出てくるキャラクターは、お仕事ものでもユニークですよね。

「当時は、サラリーマンというと『フジ三太郎』(サトウサンペイによる朝日新聞の4コマ漫画)みたいな漫画とか、セールスマンとして熱血で頑張る話が多かった。もうちょっと違うパターンの会社にいる生息する人の多彩さみたいのを描いてみたかった。会社員でないと描けないような会社あるある、みたいな

自分らしさって、作るものではない

──漫画家としてのご自身の評価はどのように受け止めていますか?

自分の評価って、まったくわからないんだよね。会社でブランドマネジメントをやっていたとき、商品がどういうキャラクターで、ターゲットはこういう層だっていうのをきちんと考えていた。そうやってできた商品イメージは、飲んでくれる人との信頼関係だから、そのイメージを崩さないようにしてきた。でも作家としての自分は、逆にイメージの確立というものをまったく無視して、できるだけ自分らしさを作らないようにしてきたんです。だって自分らしさって、作るものではないから。絵柄も毎回、違うことをやっても、その作者の作品だってわかれば、それこそがアイデンティティだと思うんです

──それはしりあがり先生の作品を読んでいて、伝わってきます。

「漫画の場合は、おそらくキャラクターや絵柄に集約される。僕の場合は、しりあがり寿っていう名前を知っている人がいても、何を描いている人かって言われたらはっきりしない。ブランド戦略としては失敗例ですね(笑)」

しりあがり寿さん 撮影/矢島泰輔

  ◇   ◇   ◇  

 後編では、海外の展示に招待されたエピソードや、50代、60代に向けてのアドバイスをお聞きします。

(取材・文/池守りぜね、編集/小新井知子)

《PROFILE》
しりあがり寿(しりあがり・ことぶき)
1958年静岡市生まれ。1981年多摩美術大学グラフィックデザイン専攻卒業後、キリンビール株式会社に入社し、パッケージデザイン、広告宣伝等を担当。1985年単行本『エレキな春』で漫画家としてデビュー。2000年『時事おやじ2000』(アスペクト)と『ゆるゆるオヤジ』(文藝春秋)で文藝春秋漫画賞、2001年『弥次喜多 in DEEP』(エンターブレイン)で手塚治虫文化賞優秀賞を受賞。2002年から朝日新聞・夕刊で『地球防衛家のヒトビト』を連載。ギャグから社会派まで幅広いジャンルの漫画作品を手がける一方、映像、現代アートなど多方面で活躍。2014年、紫綬褒章受章。