印象的なバースは後から挿入。「現代でも歌い継いでもらえるのはありがたい」
そして、『かもめ~』と言えば、前述のようにバースの部分がとても重要になっている。
「当初の出だしは(バースと前奏が終わったあとに始まる)、《人はどうして~》の部分だったんです。でも、中曽根皓二ディレクターが、“何かもうひとつインパクトが欲しい”ということで、伊藤先生に“その前の部分に海の情景が見えるようなものを”と追加をお願いしました。私が同時期に作っていた別の曲を聴いたディレクターが、ビビッときたのか、“ちょっと待てよ、ちょっと待てよ~”なんて言いながらそこに歌詞を乗せたのが、《ハーバーライトが 朝日に変る~》の部分なんです。さらに、そのバースのラスト《かもめが翔〜ん〜だ~〜》に合わせて、“ここで空に向かって飛び立ってよ。下のほうからだぞ”と、あの順々に上がるメロディーが完成しました!
伊藤先生と初めて銀座でお会いしたとき、業界風の方が来るかと思っていたら、まるで国語か社会の教師みたいなメガネで、きちんとスーツを着て髪の毛もピシっと分けた方が現れて……。“この方がラブソングを書くの!?”って驚きました。でも、実際には 《あなたを今でも好きですなんて~》《私の心をつかんだままで 別れになるとは思わなかった》 など情熱的な歌詞が出てきて、“先生、やるなぁ!”って感動しました。この歌でテンションが高くなるのは、先生からすばらしい歌詞をいただいたうれしさもあるでしょうね」
そのかいあって「かもめが翔んだ日」は、今では音楽配信のダウンロードでも渡辺の中で唯一10万件を超えるヒット作で、カラオケでも前述のように、昭和の楽曲内で常にTOP50入りするほどの人気曲に。JOYSOUNDのデータによると、渡辺真知子を歌唱する人のうち30代以下は20%台なのだが、「かもめが翔んだ日」に限定すると、30代以下は30%台に伸びるのだ。若い世代に歌い継がれているのは、青木隆治やミラクルひかる、高橋真麻など歌うま系のタレントがバラエティー番組でカバーする影響も少なくないだろう。
「いやぁ、歌ってもらえるのはありがたいですよ。青木隆治くんは常に本気で、男性が歌うと加速度もついて本当にすばらしいです。ミラクルなんかは笑っちゃうし、歌い手としては少々複雑ですけれど(笑)、作者としてはどんな形であれ、歌い継いでもらえるのはうれしいです。しかも、今は歌だけじゃなく、アバンギャルディ(※バブリーダンスで一躍有名になった振付師・akaneによるダンスチーム)の振付にも採用されているなど、いろんなところで楽曲が使われているという情報をいただきます。高橋真麻ちゃんなんて、“あの歌は、私の歌なんだから!”ってダダをこねる感じで言ってくれて、“そんなに好きでいてくれるんだ~!”ってキュンとしました(笑)」
「かもめが翔んだ日」の新バージョンはまさに伊藤アキラが求めていた作品に!
ちなみに、シングルのB面だった「なのにあいつ」(Spotify第12位)も伊藤アキラ作詞。渡辺はこの曲も思い出深いと語る。
「『かもめが翔んだ日』と一緒に『なのにあいつ』の歌詞ももらったのですが、こちらは、《なのにあいつ それきりあいつ だけどあいつ 結局あいつ》と、ちょっと変わった感じで、なかなか曲が浮かばなくて。食卓にいる父と母の前で、グチまじりになんとなく歌ってみたら、“今のメロディー、いいんじゃないの?”ってふたりが言ってくれたので、それを採用したんです。そうしたら、当時の大阪の有線リクエストでは、一時期『かもめが翔んだ日』を抜く人気になったんですよ」
なお「かもめが翔んだ日」には、“とっておきの裏話”もあるそうで……。
「私が50代前半でちょうど30周年のころ、マリオネットという民族楽器を奏でる2人組と一緒に『かもめが翔んだ日』をレコーディングすることになって。いつもより少し落ち着いた雰囲気にするため、キーを少し下げ、言葉がゆっくり聞こえるように4拍子から3拍子に変えて歌ってみたんです。そうするとヨーロッパのような気分が出るかも? ということでスペイン語でも歌ってみた後、みんなが知っている『かもめが翔んだ日』に戻ってくる、つまりここで初めて《ハーバーライトが~》のバースが登場するという構成で、本当に悲しい感じのところから始まります。それをコンサートでも披露したのですが、その翌日、聴きにいらしていた伊藤先生から、朝の8時ごろ電話がかかってきて。
(興奮ぎみに)“真知子さん!! 昨日の『かもめが翔んだ日』は、すばらしかったぁ~! 僕が思っていたイメージどおりの“かもめ”を、やっと歌ってくれたよー!”って、本当にうれしそうで。よかったなと思いつつも、“じゃあ、それまでの“かもめ”は何だったんですか”と尋ね返したら、“いや、だって……、『かもめが翔んだ日』は失恋ソングだよ? なのに毎回あんなに元気に歌うんだもん……”って言い返されて(笑)。でも、デビューしてから30年かかりましたが、先生ご希望の“かもめ”にたどり着けてよかったと思います!」