還暦を過ぎてから新境地に。気づけば「二雙の舟」に「恋をしていました」

 実際に稽古が始まると、渡辺自身も大きな学びがあったそう。

これまで私がやってきたこととは、まったく別の世界があることを知りましたね。『夜会』は、30年間も続いているシリーズで、スタッフの方はほぼ全員が長年の経験者の中で、私だけが新参者。どう動けばよいのか、どこで待っていればいいかまったくわからず、まさか還暦を過ぎてから、台本を握りしめて緊張するなんて思いもしなかったです。しかも、歌だけじゃなく、私ひとりで踊るシーンもあるし、とんでもないことになっちゃって。

『夜会』は、ドラマの中で描かれる日常を演じながら、その世界観を歌うという、振りと歌が独立した動きで進んでいくんです。そんなのすぐにできませんよ(笑)。テレビドラマだったらそこだけ撮ればいいのかもしれないけれど、舞台の最初から最後までを還暦過ぎの私がやるというのは、まさに剣山で頭をたたくような感覚で。“(脳みそよ)起きろ~、起きろ~”って、もう必死でした

 そして、舞台上で切なく歌った「カナリア」を、'22年に「二雙の舟」との両A面シングルとして発売。この曲を自分の作品として発表したいと思った経緯を尋ねた。

「舞台では、私がミュージカルスターの役ということで、『カナリア』は1コーラスでした。その後、コロナ禍になって、会えないみんなに元気になってほしいという思いもあったし、私自身デビュー45周年になるので、この素敵な曲をレコーディングできないかと願うようになりました。(『夜会』の音楽監督でもある)瀬尾一三さんも、“真知子ちゃんが言えば、1曲に仕上げてくれるかもよ”なんて励ましてくださったので、2番も作ってもらえないかとみゆきさんにお願いしたら、快諾してくださって。しかも、1年後くらいかなって思っていたら、すぐに書いてくださったんです!

 そこから、実際の発売に向けてさらにひと山を越えることに。

「『カナリア』をどのようにして世の中に出せばいいか考えたとき、1曲だけアルバムの中に入れるのも違和感があるし、シングルで出そうと。でも、“ただでさえコロナ禍でシングルが手売りできないし、難しいですね”と言われました。そこから半年ほど何も動けずに過ぎて、このままではみゆきさんとの信用問題になるのでは、と焦りましたね。

 それで、世の中が動き出した'22年の1月ごろ、ソニーさんに再度相談するにあたって、OKをいただくためには、やはりスケール感のある「二雙の舟」を歌うしかないと腹をくくりました。他は劇中歌でシングルにするにはちょっと伝わりづらいけれど、この歌は『夜会』のテーマソングだからいいんじゃないかと。でも、フルで歌おうとすると8分間もあるんですよね。しかも、みゆきさんがフルでリリースしたのは40歳。それを還暦過ぎの私が歌うなんて、無謀じゃないかと。これしかシングルで出す方法がないとはいえ、すごいところにハマりこんだなと思いました。だけど、そこから真剣に向き合ってみたら、あまりに素敵な歌なので、恋をしちゃったんですよ!

 そして、この歌のために体力作りにも励んだようだ。

「あの曲を8分間フルコーラスで歌うでしょ? だから、昨年あたりから1日8000歩〜1万歩、動くようにして、アルコールも一定期間やめました。最近は、ノンアルコール飲料もおいしいものが多くて、自分を騙すことも覚えました(笑)。そうしたら、酔わない分、身体もだるくならなくなって、すごくよい生活リズムになりました。これも、『二雙の舟』という素晴らしい曲をちゃんと歌いたいという思いからです。だから、これはもう“恋”なんです!」

歌に本気だからこそ、傑作に出会ったとき、思わず恋に落ちるのだろう

'22年は『二雙の舟』で頭がいっぱい。ファンはこの歌を聴いて「唸っていた」

 この「二雙の舟」、なじみのない方は、この機会にストリーミングサービス等で聴いてもらえればと思うが、序盤の穏やかなパートから、終盤に向けて盛り上がっていくという尋常でないスケール感のある歌なのだ。それゆえ、渡辺も準備にすべてを賭けたという。

「最初は少しずつ歌をコピーしてみて、自分のものにしようと思っていましたが、2か月ほどしか時間がなく、毎日集中して練習したのでヘトヘトでした。さらに、コンサートでは歌詞を見ずに8分間、どのような感じで歌うのか、まさか突っ立って歌うわけにもいかないし……と悩みました。だから、'22年の後半は『二雙の舟』のことを考えるだけで精いっぱいでしたね。この先も、周年のコンサートでは必ず歌いますし、イベントに出る際、主催者の方から頼まれたらもちろん歌います。

 ただ難しいのは、例えばイベントで呼ばれたオムニバスのコンサートなどは、1人あたりの持ち時間がだいたい2曲分なんです。でも、『二雙の舟』は2曲分の長さがあるから、あるイベントのときには、これ1曲だけを歌ったんです。そうしたら、お客様の中から“『かもめが翔んだ日』”を聴きに来たのに!”とクレームもあったそうで、悩ましいところですよね。でも、コアなファンの方たちは『二雙の舟』が聴けたことで、みんな唸(うな)っていたそうです