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あたらしい

「たまごっち」生みの親が令和のいま語るクリエイティブの原点。「玩具店に未来のおもちゃは売っていない」

SNSでの感想
社会現象にまでなった「たまごっち」。発売から27年たった現在も売れ続けている
目次
  • 待ち受け画面の「アクアゾーン」が開発のヒントに
  • 「ピンチはチャンス」を地で行く、たまごっち

 1996年に玩具メーカーのバンダイから発売された「たまごっち」は、手のひらサイズの「デジタル携帯ペット」。2センチ四方の液晶画面で動く仮想のペットを育てるという、ユニークな商品で、世界中でブームを巻き起こしました。ブームの終了後も何度か再ブームを経て、現在までに累計で8200万台以上売れているそうです。

 そんな「たまごっち」の生みの親で株式会社ワイプラス代表取締役社長の横井昭裕さんに、世の中にない新しいものを生み出すクリエイティビティの原点を伺うとともに、横井さんの知人でもあり、イノベーションをもたらす最強人材「うろうろアリ」という生き方・働き方を提唱するエッジブリッヂ代表の唐川靖弘さんにも、今求められるクリエイティブな人材について伺いました。

◇   ◇   ◇

──横井さんは「たまごっち」の生みの親ということですが、「たまごっち」発売からもう25年以上たった今年も新作が出ているのですね。

横井 私が最初に考えたときには腕時計型だったんです。ふたを開けるとときどき変な動物が出てくる卵型の時計だから「たまご&ウォッチ」。それが「たまごっち」の由来です。バンダイから、時計型のおもちゃは前の年に失敗したからやめてほしいと言われて、キーホルダーにした経緯があるんですが、去年出た新しい商品は時計型だったので、原点に返ったというか、最初の企画書の形に戻ったことは非常にうれしかったです。

──今「たまごっち」を買っている若い世代は、最初に生まれたところの過程は知らない人が多いと思うので、そのあたりのことを改めて振り返っていただけますか?

横井 1995年ごろ、バンダイの業績が悪い時期に新しい商品の依頼を受けて、5、6点出した企画書のうちのひとつが「たまごっち」でした。当時はインターネットが走り始めたぐらいで、まだパソコンも個人で持っている人は少なく、携帯電話も普及していないころです。

 昔、バンダイの子会社のポピーにいたとき、任天堂の小型液晶ゲーム「ゲーム&ウォッチ」を真似(まね)したキャラクターのゲームを担当していたんです。ドラえもんを使った「ドラえもんのドラヤキハウス」やDr.スランプのアラレちゃんの「んちゃ!ばいちゃ!ゲーム」を作りました。当時は、まだ単純な動きでしたが、とてもよく売れましたね。

──たまごっちの発想は、どこから生まれたのでしょうか?

横井 私の会社『ウィズ』で行っていた「情報会議」では、おもちゃ業界以外の情報を持ってくるのがルールでした。私がバンダイいたときに新しいおもちゃを考えるためにおもちゃ屋さんに見に行って、先輩にえらく怒られたんですね。「おもちゃ屋には未来のおもちゃは売ってないんだ」と。手塚治虫先生も言っていました。いい漫画を描きたいんだから、漫画なんか読まずに映画やほかのいろんなところで情報収集をしてるんだと。

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