いまでは普通になっている“あれこれの元祖”が、意外な人物から始まった……ということってありますよね。

 例えば、ジャンケンのときに「最初はグー」と言って握りこぶしを出すのは、もともとは志村けんさんがテレビ番組で行ったのが最初です。

 今回は、現在ではテレビ番組でスタンダードになっている「あること」が、実は欽ちゃんこと萩本欽一さん(以下、欽ちゃん)が、初めてテレビ番組の司会の仕事を引き受けたとき、「自分が司会になるなら、こうしてほしい」と、番組側に出した条件が元祖だった、というお話。

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司会の仕事が苦手だった欽ちゃん

 萩本欽一さんと言えば、“司会をしている番組の1週間の視聴率を足すと100パーセントになる”ことから、かつて「視聴率100パーセント男」と呼ばれたこともある、司会の達人です。

 しかし、実はその欽ちゃんが、初めて司会の仕事のオファーをもらったとき、本当は“やりたくないな、自分にはできないな”と、思っていたと言ったら、あなたは信じられますか。

 もともと欽ちゃんは、故・坂上二郎さんとのコンビ「コント55号」として、飛ぶ鳥を落とすほどの大人気でした。

 しかし、二郎さんが俳優の道に進んでしまい、「コント55号」は事実上の休止状態に。仕事が暇になった欽ちゃんは、テレビ番組のプロデューサーたちにこう言っていたそうです。

「なんでもやりますよ。司会以外は」

 なぜ欽ちゃんは、司会を嫌がっていたのか?

 その理由は、“台本どおりに番組を進めるのがイヤだった”からです。

 自分の最大の強みは、アドリブによるツッコミだとわかっていた欽ちゃんは、「司会では自分の強みが生きない」とわかっていたのです。

 しかし、皮肉なものです。

 そんな欽ちゃんに、お笑い以外で最初に来た仕事の依頼は「テレビ番組の司会」でした。内心、“あんなに司会はイヤだと言っているのに”と思いましたが、オファーをくれたのは友人でもあるディレクターで、正直、断りづらい。

 いろいろ考えた欽ちゃんは、あるアイデアを思いつきました。そして、番組の進行に対して“ある条件”を出して、「この条件を呑(の)んでくれるなら司会をやってもいい」と伝えたのです。

 このときに欽ちゃんが考えた番組の進行方法は大成功し、その後のテレビ番組では、すっかり定番になったのですが……。

 さて、欽ちゃんが出した条件はどんなことだったかわかりますか?

欽ちゃんが番組に伝えた、「司会を受けるための条件」

 欽ちゃんは、番組のディレクターにこんな条件を出したのです。

「司会に女性アシスタントをつけてほしい」

 そのとき、欽ちゃんに司会の依頼があった番組は、のちに大人気番組となる『オールスター家族対抗歌合戦』(1972年~1986年、フジテレビ系)でした。スターの家族をスタジオに招き、歌を歌ってもらうという、言ってしまえば単純な内容の番組です。

 そこで欽ちゃんはこう考えました。

「台本どおりの進行部分を女性アシスタントに任せれば、自分は出演者たちに自由にツッコミを入れる役割ができる」

 実はこの時代。“アシスタントをつけるのは、司会者に対して失礼”というのが、テレビ界の常識でした。

 アシスタントなんかつけたら、“あの司会者はひとりで進行できないからアシスタントをつけている”という見方をされかねない風潮があり、司会者にアシスタントをつけるのはテレビ界のタブーだったのです。

 欽ちゃんは、そんなタブーのことはまったく知らず、「女性アシスタントをつけてくれるのなら司会の仕事を受ける」と伝えたそうです。

 番組サイドとしては、司会者からの申し出なら「司会に失礼」というわけではありません。“それで司会を引き受けてくれるなら”と、欽ちゃんの提案は聞き入れられ、番組では、女性アシスタントが進行を行いました。

 欽ちゃんが「はい、次のチームは……誰だっけ?」などとボケて、女性アシスタントが「はい、〇〇チームでーす!」とフォローする……、そんな感じで番組は進行されました。

 そんな司会ぶりは視聴者に好評で、欽ちゃん初の司会番組は高視聴率を獲得。「視聴率100パーセント男」の伝説は、こうして幕を開けたのです。

 現在のバラエティ番組などでは、メイン司会者に女性アシスタントがつく、というのは定番ですが、そのきっかけを作ったのはこの番組、つまり欽ちゃんだったというわけです。

欽ちゃんから学ぶ「自分が不得意な仕事」の依頼が来たときの対処法

 自分が苦手としている仕事の依頼があったとき、断るのは簡単です。

 でも、それでは「依頼を断った」という事実だけが残ってしまいます。そして、依頼を簡単に断る相手に、得意な仕事を回してくれるほど世の中は甘くありません。

 ですから、そんなときは、欽ちゃんが使った方法を使ってみるのはいかがでしょう。つまり「断る」のではなく、「条件をつけて受ける」のです。

 不得意と思える仕事でも、「自分にもできる仕事」に近づける条件をつけて、ダメ元で提案してみる。

 もし、それを相手が受けてくれなくても、「断ったのはあなたではなく、依頼してきた側」にすり替わります。すると、相手は「この前は条件が合わなくて悪かったから、今度は別の仕事を依頼しよう」と思ってくれるかもしれません。

「プロジェクトリーダー、もし、○○さんを右腕としてメンバーに入れていただけるならお受けします」

「納期を〇月〇日まで伸ばしていただけるならお受けします」

 このように、「こうなればできる」という条件を突きつければ、それがかなわなくても「単に断ったこと」にはならず、印象がまるで違う。

 ぜひ、使ってみてください。

 最後にもうひと言。欽ちゃんの、この言葉。

「大事なのは、どんな仕事でも自分が面白くしてしまえば、いずれはそれを好きになれるということ。そう考えるだけで仕事の幅は一気に広がる。その思いがあれば、好きではない仕事に就いても成功する可能性が生まれる」

(参考『欽ちゃんの、ボクはボケない大学生。』萩本欽一著 文藝春秋)

(文/西沢泰生)


【PROFILE】 西沢泰生(にしざわ・やすお) 2012年、会社員時代に『壁を越えられないときに教えてくれる一流の人のすごい考え方』(アスコム)で作家デビュー。現在は作家として独立。主な著書『夜、眠る前に読むと心が「ほっ」とする50の物語』(三笠書房)『コーヒーと楽しむ 心が「ホッと」温まる50の物語』(PHP文庫)他。趣味のクイズでは「アタック25」優勝、「第10回アメリカ横断ウルトラクイズ」準優勝など。