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人生100年時代。今や日本人のおよそ半分は50歳以上です。「NEOFIFTY」では、これから50代を迎える人にとって、その先にある老後が「終活の始まり」ではなく「新しい人生がもう一度始まる」と思えるように、素敵な生き方をしている人たちの言葉を紹介していきます。

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泉谷しげる、身体の弱い少年がフォークシンガーに。“バケモノ”を目指した若き日々と、忌野清志郎さんとの思い出

SNSでの感想
泉谷しげるさん 撮影/齋藤周造
目次
  • 恋愛よりもアコギ! フォークとの出合いで人生が一変
  • 忌野清志郎さんをはじめ、同年代のミュージシャンとの逸話
  • フォーライフ・レコードを設立。フォーク歌手がテレビに出演しなかったわけとは

 バラエティー番組からドラマ、映画と縦横無尽に駆け巡るシンガーソングライターの泉谷しげる(75)。また『Dr.コトー診療所』(フジテレビ系)や『女王の教室』(日本テレビ系)などドラマや映画に欠かせない役者として存在感を発揮している。

 今回は、泉谷さんの原点ともいえる音楽活動を主軸に、ギターを始めたきっかけや70年代のフォークブーム、フォーライフ・レコード設立の経緯などお聞きしました。

恋愛よりもアコギ! フォークとの出合いで人生が一変

──最初はフォーク歌手としてデビューされたのですよね。

もともとは漫画家を目指していたんだけれど、フォーク集会(※1)を見てショックを受けた。自分の中で事件が起きちゃったんだよね。同じギターでエレキブームがあったけれど、フォークは全然違う。ギターを持って歌って、言葉が突き刺さってくる。これはもう大事件なわけなんですよ!

※1:ベトナム戦争中の1969年に新宿駅西口地下広場に若者が大挙した反戦集会。フォークソングの生演奏が行われた。

──エレキギターとフォークは何が違っていましたか?

「エレキギターはごまかしがきくけれど、アコースティックってグランドピアノを弾くのが難しいのと一緒で、演奏レベルが高いんですよ。当時はみんな“モテたくてギターを始めた”って言っていたけれど、俺はフォークと出合っちゃったから人生が変わったのだと思う。もっとギターがうまくなりたいのなら、女と遊んでいる暇はないのよ(笑)」

──それほどまでに、フォークに夢中になっていったのですね。

自分にとってはフォークとの出合いが大事件だったから、もっとアコギがうまくなりたかった。18歳くらいのときに、俺のことを好きだって言ってくれる人もいたんだけれど、“音楽と私、どっちが大事?”って聞かれたから、“ギターに決まっているじゃねぇか”って言っちゃって別れたんだよね(笑)

──今のようなアコギを弾きながら歌うスタイルになったのは、なぜですか。

孫悟空みたいにめちゃくちゃなやつが、ギターを持って弾いていたら面白いかもしれないって思いついたんだ。本当は野獣のように歌いたかったけれど、実際は身体も丈夫じゃなかった。しかも俺は足が悪いから、歌うと身体にも負担がかかるし、直立のバランスが取りづらい。だから、片足に重心をかけてまっすぐ立てるような姿勢を自分で見つけたんです

1971年、アルバム『泉谷しげる登場』でデビュー

──80年代のバラエティー番組では、泉谷さんがヤギに週刊誌を食べさせたり、過激なパフォーマンスをされていたのが記憶にあります。

「俺は覚えていないけれど(笑)。昔はお客さんに水を撒いたりもした。ニヤニヤしながらポケットからマヨネーズを出したときは、お客さんから悲鳴が上がったね。俺ら団塊の世代は、自分で何かを仕掛けていかないと、埋もれてしまうくらい人口が多い。周りも足を引っ張るような連中だから、その中から抜きんでるには卑怯(ひきょう)な手を使わないといけない。友達を裏切るくらいのことをしないと、前には出ていけなかったんだよね」

──そこまで自由にできた背景には、“こうなりたい”という強い意志があったのですか?

身体が弱いせいもあって、“絶対にバケモノになろう”っていう気持ちが強かった。身体が弱い自分が嫌だし、ただつらかった。だから誰かの首を絞めたり、何かを蹴とばしてでも暴れたんだよ(笑)。あのころ、テレビに出て活躍していた人たちは、みんな選ばれし人たちでバケモノだったんです

──どういう部分が、バケモノだと感じましたか?

第一線で活躍している人は、みんな異常体質ですよ。朝から晩まで飲むパワーもあるし、音楽以外の活動もやる。そういう人が病気で倒れるのは、よほどのことなんだろうなって思う。だから“ちょっと具合が悪い”って言っているのは、たぶん仮病だよね(笑)。昔、作詞家の岡本おさみが主催した吉田拓郎のコンサートは、肝心の主役である拓郎が“雨が降っているから行きたくない”って言って、来なかったんだよね。こっちはゲストなのに、ずっと演奏して場をつないだんだから(笑)

泉谷しげるさん 撮影/齋藤周造
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