寺田心演じる虎鉄の日常に心が洗われる
虎鉄に戻ろう。遍路宿の息子として、客を送る場面が2度あった。山の中、「こちらです」と案内すると装束姿の客は「ありがとう」と言って歩き出した。虎鉄は2度とも、「いえいえ、何ちゃあ」と返した。
人生とは基本、同じことの繰り返しだ。そして、繰り返すことこそ尊い。寺田さんの演技が、静かにそう訴えていた。同じ温度で同じ仕事を続ける。それを丁寧とかまじめという。だから客は礼を言う。それへの反応も一定だ。「いえいえ、何ちゃあ」。人にほめられたり、目立ったり。そういうことを期待しない。その尊さがにじむ。
虎鉄はあまり表情を変えない。それが思慮深さだと思えるのも、寺田さんだからだろう。万太郎から好きな草花はあるかと問われ、「こんまいお遍路さんがおるがです」と案内する。遍路への愛情と観察力。そして真っ当な好奇心も持ち合わせている。「あなたは何をされゆう方ながですか?」と虎鉄。「わしは」の後、一呼吸あって「植物学者じゃ」と答える万太郎。虎鉄の平らな心が、万太郎を「学者」と名乗らせた。そんな気がした。
「こんまいお遍路さん」は分類学上、属も科も新しい大発見になりそうだ。学名には虎鉄の「山元」を入れて発表したい。そう知らせる手紙を読んで、虎鉄が笑顔になった。近くには母がいて、虎鉄の名を呼ぶ。虎鉄の日常は、ボーイズクラブにはない。その事実に心が洗われるような気持ちになった。虎鉄が起点となって、万太郎に植物標本が届く。虎鉄は学生で、先生からの標本だった。学び、働く。地に足をつけた人々の美しさの前に、殿方たちがかすんでいく。寺田さん、とっくに大人の役者だった。
《執筆者プロフィール》
矢部万紀子(やべ・まきこ)/コラムニスト。1961年、三重県生まれ。1983年、朝日新聞社入社。アエラ編集長代理、書籍部長などを務め、2011年退社。シニア女性誌「ハルメク」編集長を経て2017年よりフリー。著書に『朝ドラには働く女子の本音が詰まってる』『雅子さまの笑顔 生きづらさを超えて』など。