「ジョージア」という東ヨーロッパの国をご存じだろうか。黒海の東岸にある、人口約370万人のこの国の歴史を描いた小説が今、宝塚歌劇でドラマチックなミュージカルになって話題を集めている。原作の小説は7年前に同人誌として誕生したもの。それがNHKのオーディオドラマ(ラジオドラマ)になり、ジョージアの人々の協力をもとに華やかな舞台にまでなった。中世ジョージアの歴史・文化が、7000キロ離れた日本で注目を浴びるまでのいきさつをたどった。
占い師のひと言がジョージアへの興味に
2022年11月22日に兵庫・宝塚大劇場で開幕した星組公演『ディミトリ~曙光に散る、紫の花~/JAGUAR BEAT―ジャガービート』。昨年12月13日まで宝塚大劇場、年が明けて2023年1月2日から2月12日まで東京宝塚劇場で上演されている。
ミュージカル『ディミトリ~曙光に散る、紫の花~』は、並木陽さんの小説『斜陽の国のルスダン』が原作。13世紀に実在したジョージア王国の女王ルスダンと、その王配ディミトリを主人公にした物語だ。
中世に富を誇ったジョージア王国だが、13世紀のこの時代、モンゴルやイスラーム勢力の圧迫を受けていた。イスラーム王朝のルーム・セルジュークから人質としてジョージアに来たディミトリは、王女ルスダンと相思相愛の仲に。しかしルスダンの兄で国王の“光輝王”ことギオルギがモンゴルとの戦いに斃(たお)れ、ルスダンとディミトリに国の命運がかけられる。そこにジョージアの富を狙う、モンゴルに国を滅ぼされたホラズム朝のスルタン・ジャラルッディーンも現れて──という戦乱の時代の歴史劇をまず小説にした並木陽さんは、もともと西洋文学を専攻していた歴史ファンでもある。
並木さんとジョージアの最初の接点は、なんと「占い」。学生時代に「あなたの前世はコーカサスの高い山のキリスト教の国で、女王様のパンを焼いていた」と占い師に言われたことがある。友人と「その国はジョージアでは?」という話になり、ジョージアの歴史や文化に興味を抱き始めたそうだ。
ジョージア王国の最盛期を築いたのは、ルスダンの母の女王タマル。ところが、偉大な女王として今も敬愛されるタマルに対し、ルスダンの歴史的評価は「国を衰退させた淫蕩(いんとう)な女王」など辛辣(しんらつ)なものも目立つ。
並木さんは「ジョージアにとって、モンゴルやイスラームの攻勢で勢力が縮小していく大変な時代でしたが、本当にルスダンは無能と言われるほどだったのだろうかと思い至り」、ジョージア史に想像をふくらませて『斜陽の国のルスダン』を書き上げる。2015年に同人誌『グルジア史創作アンソロジー』収録のマンガとして、翌年に小説同人誌として発行した。
NHKから届いた1通のメール
第一の転機は、2017年にやってきた。
「NHKのオーディオドラマのプロデューサーから丁寧なご感想のメールをいただいて、本当にびっくりしました」(並木さん・以下同)
その年、NHK-FMの番組『青春アドベンチャー』の中でオーディオドラマになり、ルスダンを花總まりさん、ディミトリを海宝直人さんという一流の舞台俳優が演じて放送された。
「いざドラマになりますと、日高哲英さんの壮大な音楽と、山谷典子さんの洗練された脚色、花總さんと海宝さんをはじめ、演者のみなさまの表現力も素晴らしく、短編ながらスケールの大きなドラマにしていただきました。私が書いた登場人物たちが、生身の肉体を持って生きているんだ、というリアルさすら感じましたね」
オーディオドラマ化でより物語が広がり、作品を知ったファンの想像もふくらむ。並木さんもこれが縁でオーディオドラマ脚本を手がけるようになった。
『斜陽の国のルスダン』と同様に、緻密な調査と軽妙な文体で、現代日本人も楽しめる歴史に材を取った物語を多く創作。オーディオドラマの出演俳優には宝塚OGも多くキャスティングされており「いつか作品がミュージカルになればいいな」と夢見ていたところに、「宝塚歌劇団から“『ルスダン』の舞台化のために許諾をいただきたい”とコンタクトがありました」。
NHK-FMのときと同じく、宝塚歌劇団からの連絡も並木さんには寝耳に水だった。宝塚歌劇で脚本・演出を担当したのは演出家の生田大和さん。かつてバレエダンサーを目指していたほどダンスにも造詣が深い生田さんは、ジョージアンダンスをきっかけにジョージアに興味を抱き、『ルスダン』のオーディオドラマのことを知って宝塚での舞台化を思い立つ。
男役トップスターの礼真琴さんがディミトリ、トップ娘役の舞空瞳さんがルスダンを演じ、タイトルは『ディミトリ~曙光に散る、紫の花』に。ディミトリを主人公としつつ、ルスダンとの愛憎劇は原作に忠実に、脇の登場人物たちも脚色をふくらませた。
「劇場で観て、本当に舞台になったんだと夢でなく現実のものとして浸ることができました。美術セットも衣装も、目に入ってくるものすべてが素晴らしくて。メインキャストはもちろん、トビリシ市民や兵士に至るまで星組のみなさんが役の一つひとつを作り込んでくださって……私が小説で書いたジョージアの世界がこうやって美しく、目に見える形で表現されたこと自体が非常に感動的な体験で、圧倒されながらもじっくり噛みしめていました」
同人小説→オーディオドラマ→ミュージカルとつながった縁。舞台ではジョージアンダンスも演出に取り入れ、モンゴルやホラズムとの戦闘シーンでの男役のエネルギーあふれる踊りも見ごたえあるものに。
同人誌と同じく、トマトスープさんによるイラスト付きで改めて商業出版された『斜陽の国のルスダン』(2022年11月に星海社より刊行)も、宝塚ファンが買い求めてさらにジョージア文化を知ろうとしている。そして華やかでエキゾチックなミュージカルには、ジョージアと日本の国境を越えた協力もあった。
※後編の記事に続きます
(取材・文/大宮高史)