今、若い世代からも、また海外からも熱い注目を浴びている昭和ポップス。昨今では、音楽を聴く手段としてサブスクリプションサービス(以下「サブスク」)がメインで使われているが、必ずしも当時ヒットした楽曲だけが大量に再生されているわけではなく、配信を通して新たなヒットが生まれていることも少なくない。
そこで、本企画では1980年代をメインに活動した歌手の『Spotify』(2023年5月時点で5億1500人超の月間アクティブユーザーを抱える、世界最大手の音楽ストリーミングサービス)における楽曲ごとの再生回数をランキング化。当時のCD売り上げランキングと比べながら過去・現在のヒット曲を見つめ、さらに、今後伸びそうな“未来のヒット曲”へとつながるような考察を、本人または昭和ポップス関係者への取材を交えながら進めていく。
今回も、作詞家・売野雅勇が手がけた全楽曲の中から、Spotifyでの人気曲を本人と振り返っていく。前々回、前回と、売野が作詞した男性アーティストの楽曲とアニソンを中心に考察してきたが、ラストとなる今回は、女性アーティストを中心に見ていきたい。
(第1回インタビュー記事:ラッツ&スター「め組のひと」、稲垣潤一「夏のクラクション」が令和のサブスクで大人気のワケを売野雅勇と考察 / 第2回インタビュー記事:売野雅勇、矢沢永吉への楽曲提供のきっかけは“ファンレター”から! 平成より令和で人気のガンダム曲にも注目)
菊池桃子「ガラスの草原」で本領発揮、「青山Killerストーリー」にも大ファンが
Spotifyの売野雅勇作詞曲限定で見たランキングTOP60のうち、もっとも多くランクインしている女性歌手は、第5位の「十戒(1984)」を筆頭に中森明菜が5作。次いで第7位の「六本木純情派」に始まり、荻野目洋子が4作となっている。
「明菜さんは(アルバム収録曲の)『キャンセル!』が31位に入っているのがうれしいね! 荻野目さんのほうは、45位に『北風のキャロル』が入っているのもいいなあ」
なお「北風のキャロル」については、作曲を担当した筒美京平が相当の自信作としていたとのこと。この件は別の連載『臼井孝の「大人ポップス聴き語り」』内にある売野雅勇インタビュー記事をご参考いただきたい。
続いてSpotify第24位に入ったのは、菊池桃子のアイドル時代のラスト・シングルとなった「ガラスの草原」! 売野雅勇が手がけた菊池桃子の楽曲では、シングルセールスを見ると圧倒的に「Say Yes!」(’86年)が高く、「ガラスの草原」はその半数以下なのだが、今回のランキングでは後者のほうが断然強いのが興味深い。これは、明らかに海外のシティ・ポップ・ブームを反映しているのだろう。また、「ガラスの草原」に見られる幻想的な歌詞の世界観は、売野の真骨頂でもある。
「僕もこの曲は大好き! 売野雅勇カラーが強いよね。僕は、なにも指示されないと(作風が)神秘的な方面に行っちゃうんだよね(笑)。作家の立花隆さんが著書『宇宙からの帰還』(’83年)の中で書かれていた、“宇宙飛行士は宇宙空間に出るとほぼ全員、神様の存在を身近に感じると答えている”といった記述にも影響されているのかもしれない」
そして第52位には、菊池桃子がボーカルのバンド、ラ・ムーの「青山Killer物語(ストーリー)」がランクイン。本作がオリコンTOP10入りを逃した後、’89年にバンド活動は打ち止めになったが、そんな楽曲が30年以上の時を経て、もっとも評価されているとは、なんと運命は皮肉なことか。
「実は僕も、ラ・ムーのことは記憶の彼方に消えてしまっていたんだ。でも、’16年の作家生活35周年BOXを出すにあたって、ライナーノーツをお願いするため速水健朗さんにお会いしたとき、“どういう曲が好きなの?”と尋ねたら、この曲が真っ先に出てきたんだよ。しかも、“僕は『青山Killer物語』が大好きで、カラオケから消されないように、定期的に歌っているんです!”と熱弁されて。だから、彼にはシティポップの先見の明があるんだね」
速水氏から、「ブラコン(ブラック・コンテンポラリー)とウィスパーボイスのコンビネーションが抜群で、菊池さんはソルフェージュ(音楽の基礎能力を鍛える訓練)ができるほど音感が優れている」と指摘され、認識を改めたとのこと。
さらに、Spotify第57位には菊池桃子と同日デビューだった岡田有希子の「PRIVATE RED」(シングル「二人だけのセレモニー」のカップリング)もランクイン。これは、岡田有希子の楽曲全体がストリーミングサービスで世界的に聴かれていることによる人気もあるだろうだが、シングルのカップリング曲としては、売野の作詞曲の中で最高位となっている。
「この曲はほとんど覚えていないけれど、(歌詞を読みながら)宇宙に旅立っていて神秘的だし……なかなかいい世界観だね! これだけいい詞が書けたのなら、もう少し頑張りたかったなぁ(笑)」
筒美京平とのタッグは特に燃える! 本田美奈子の楽曲の売上では悔しい思いも
その岡田有希子が大ファンだったという河合奈保子も、売野雅勇の作詞曲が多い女性歌手だ。河合奈保子では、自己最大ヒットでイメージチェンジのキッカケとなった「エスカレーション」が第25位なのは順当として、次に高順位なのが第60位の「唇のプライバシー」というのは、当時のセールス状況からするとやや意外かもしれない。ただし、Aメロ、Bメロ、サビ、大サビ前と、フックだらけのメロディーや 、《初めてだけど 初めてじゃない》が登場するサビをはじめ、コピーライター出身という売野が本領発揮したような歌詞は、リアルタイム世代よりも、
「どちらも筒美京平先生が作曲だけれど、とにかく筒美先生と組んだときは、いつも以上に頑張っちゃうんだよ。だから『唇のプライバシー』がそんなに上位というのは、相当にうれしいなあ。ちなみに、『UNバランス』も『唇のプライバシー』も詞先(詞を先に作ってからそこに曲を乗せていく)。最後に書いたシングル『刹那の夏』は曲先、そのカップリングの『プールサイドが切れるまで』は詞先というふうに、毎回京平先生とは、詞先と曲先を1曲ずつ書くというやり方にしていたんだ」
このように、アイドルがシフトチェンジする際に起用されることの多い売野だが、’85年にデビューした本田美奈子についてはデビューからシングル3作を手がけており、ここでは第47位にデビュー作「殺意のバカンス」(作曲:筒美京平)がランクインしている。
「これねぇ、『1986年のマリリン』(作詞:秋元康/作曲:筒美京平)が大ヒットする前年に書いてたでしょ。あんなに歌がうまくて、周りからも期待されていたのに、この曲はそこまで売れなかったのがつらくて。だから『マリリン』が出たときは、“そうか、こういうやり方があったのか……。”とショックだったんだ。それを先日、秋元康さんと対談をしたときに言ったら、“そのときは、マリリン・モンロー生誕100年だったので(ヒットは)たまたまですよ”って謙遜していたけどね。でもこうやってみると、当時、力みすぎて意外と売れなかった作品が、今になってこれだけ再生されているということがわかって、めちゃくちゃありがたいね!」
コモリタミノルを大絶賛、安室奈美恵には初期に書いた「お宝音源」があった!
他にも、デビューから手がけていたSUPER MONKEY’Sのデビュー作「ミスターU.S.A.」が第32位と大健闘だ(オリジナルは未配信、’16年のベストに収録された安室奈美恵名義の再録音)。
「『ミスター U.S.A.』は、いい歌詞が書けたと思ったね。なにしろ、曲先でコモリタミノルさんが作っていたものが抜群によくて、“この人は天才だな”と思ったくらい。最初のタイトルは『サーフサイドU.S.A.』だったんだけど、タイトルを変えてほしいと言われて、ちょっとマッチョなタイトルに変わって意外だったなあ(笑)。
当時の安室ちゃんは14歳くらいで、レコーディングのスタジオの廊下で見かけたんだけど、バンビのように可愛くて大好きだったよ。安室ちゃんも、ユーロビートになった途端に大ブレイクしたけれど、その前に僕が中西圭三さんと組んでダンスナンバーを2曲作ったんだ。次のシングル用にとレコーディングまでしたのに、リリースする機会を失ったお宝音源があるはずだよ」
中谷美紀の「MIND CIRCUS」は「自分がいちばんやりたかった世界」
’90年代の売野作品としては、Spotify第22位となった中谷美紀のデビュー曲「MIND CIRCUS」も思い出深いという。
「すごい、この順位はうれしいね!! 中谷美紀さんへの提供は、坂本龍一さんからの依頼で書いたGEISHA GIRLSの『少年』を気に入ってもらったのがきっかけで。それで、坂本さんが歌う『美貌の青空』の制作をしているときに、“今度、中谷美紀という女の子をプロデュースするので、こういうふうにお願いできますか?”と、スーパーモデルのケイト・モスの写真を見せてくれたんだ。“これを見て、本能の命ずるままに書いてください”、という感じで」
この依頼の際、売野は過去最大級の“生みの苦しみ”を味わったという。
「曲先で『MIND CIRCUS』を書くにあたって、まず、どういう詞がいいのかというスタイルもわからず、非常に苦しんだ。どうやって書こうとしても、メロディーやサウンドに詞が負けてしまって。それが悔しくて2週間くらい書けなくて。当時、ホテルにこもって作詞をしていたんだけれど、ドアの隙間から送られてくる請求書が、とんでもない金額になっていった。これは、もうのんびりしていられないなと思っていたら、エレベーターのベルがチン! と鳴った瞬間、《哀しい世界を浄めるように 街角で微笑って》という言葉が浮かんだんだ。
こういう歌詞は、自分がいちばんやりたかった世界で、 ’80年代に書いた河合奈保子さんの『スターダスト・ガーデン』や山本達彦さんの『SPECTRA』あたりから、どこまでポップスとして成立するのか試行錯誤してきたことなんだ。山本達彦さんなんて、事務所の方から“意味がわからなくてもいいから、人が歌っていないものを書いてください”と言われたことで、よし、やるぞと元気になっちゃって(笑)、自由に書けたんだ。『MIND CIRCUS』 からスルスルと最終的には5曲、ほとんど直しがなく書けたね」
売野は、坂本龍一と同年に亡くなった高橋幸宏との思い出も、非常に印象深いと言う。
「坂本龍一さんだけじゃなく、高橋幸宏さんにも大変お世話になったんだ。僕は作詞家になる前にファッション誌を作っていて、少人数でやっているブランドの方達が広告を出したくなるような本を目指していた。そこで、音楽ページの執筆者として高橋幸宏さんを紹介してもらったんだ。原宿で会ったんだけど、彼がちょうどYMOをレコーディングしている最中で、ブラジル音楽の話を書いてほしいとお願いしたら、上がってきた原稿が、“冒頭から余談になりますが……”と、YMOのことが延々と書かれていて最高だったよ(笑)。
でも、あるとき“原稿できましたか?”って電話をしたら、“ベルコモンズの1階の喫茶店で会いましょう”と言われ、お店の名前を尋ねたら“んーー、ひとつしかないから行けばわかるんじゃない?”と言われたんだ。それで行ってみたら『コーヒー野郎』という店名で、それが(周囲に聞こえるのが)恥ずかしくて、言えなかったんだね(笑)。そんなシャイなところがあるので、ますます好きになっちゃって。
その後、僕の『少女A』がヒットしたとき、幸宏さんもすごく喜んでくれて。当時は歌謡曲を見下すニューミュージック系の人もいたので、泣きたくなるほどうれしかったなぁ。安田成美さんのアルバムでも、“半分は細野晴臣さん、もう半分は僕が曲を書くから、詞を書いてくれない?”と依頼してくれました。幸宏さんは偏見がなく公平な人で、独特な審美眼があった。有名になる前から、オシャレでカッコよかったよ」
売野雅勇限定のSpotifyランキングを見ると、当時売れなかったシングルや、アルバムだけの収録曲がその半数以上を占める。’80年代に飛ぶ鳥を落とす勢いで活躍した売野雅勇だが、決して一過性のブームではなく、むしろ当時よりも評価されている楽曲が多いことからも、改めて名作詞家であることがわかる。
「『夏のクラクション』が2位とか、『MIND CIRCUS』が21位とか、こうやって時間がたってからヒットしてくるのは感動的だよね。サブスクが地形図を塗り替えちゃうってことでしょ? これが、本当のヒットチャートなんだね!」
7月には、作詞家生活40周年を記念したコンサートの開催や、コンピレ―ションCDの発売などで、注目度も一気に高まるだろうが、メディア露出が落ち着いたとしても、こうして時間を超えるだけのウタヂカラや言葉のチカラを持った作品は、この後も語りつがれることだろう。こうした現象は、決して目先の利益にとらわれすぎず、より長期的な視点で、いいと思うものを信じて発信し続ける人々への、大いなるエールとなるはずだ。
(取材・文/人と音楽をつなげたい音楽マーケッター・臼井孝)
【PROFILE】
売野雅勇(うりの・まさお) ◎上智大学文学部英文科卒業。 コピーライター、ファッション誌編集長を経て、1981年、ラッツ&スター『星屑のダンスホール』などを書き作詞家として活動を始める。 1982年、中森明菜『少女A』のヒットにより作詞活動に専念。以降はチェッカーズや河合奈保子、近藤真彦、シブがき隊、荻野目洋子、菊池桃子に数多くの作品を提供し、’80年代アイドルブームの一翼を担う。’90年代は中西圭三、矢沢永吉、坂本龍一、中谷美紀らともヒット曲を輩出。近年は、さかいゆう、山内惠介、藤あや子など幅広い歌手の作詞も手がけている。
◎“売野雅勇 作詞活動40周年記念 オフィシャル・プロジェクト MIND CIRCUS SPECIAL SHOW「それでも、世界は、美しい」”開催!
・日時:2023年7月15日(土) 16時開場/17時開演
・会場:東京国際フォーラム ホールA
・料金:全席指定 税込15000円
・音楽監督:船山基紀
・出演:麻倉未稀 / 稲垣潤一 / 荻野目洋子 / 近藤房之助 / さかいゆう / 杉山清貴 / 東京パフォーマンスドール(木原さとみ 他) / 中島愛 / 中西圭三 / 中村雅俊 / Beverly / 藤井尚之 / 藤井フミヤ / MAX LUX / 望月琉叶 / 森口博子 / 山内惠介 / 山本達彦 / 横山剣 ほか(50音順。都合により出演者が変更になる場合あり)
※演目詳細やチケット情報は特設サイトへ→https://masaourino40.com/
◎売野雅勇が自ら選曲したプレイリスト・売野雅勇セレクション~ティーンネイジ・ドリーマーが7/5より【おとラボ】で公開予定!
【おとラボ】URL→https://linktr.ee/otolabo
◎売野雅勇 公式Facebook→Facebook.com/urinomasao
◎売野雅勇 公式Twitter→https://twitter.com/urino222