大前粟生(あお)氏の小説『ぬいぐるみとしゃべる人はやさしい』を、『21世紀の女の子』『眠る虫』を手がけた金子由里奈監督が初映像化。京都のとある大学の「ぬいぐるみサークル」を舞台に、“男らしさ”“女らしさ”のノリが苦手で、恋愛の“好き”がわからない男子大学生・七森と、七森と心を通わす麦戸、そして彼らを取り巻く人々の心の動きを丁寧に描いています。
心が疲れてしまったとき、癒やしを与えてくれるぬいぐるみという存在。生きづらさを抱えた登場人物たちが、ぬいぐるみと話すことで求めていることとは……。
主人公の七森を演じるのは日曜劇場『ドラゴン桜』(2021年放送のTBS系ドラマ)で発達障害を持つ東大専科の生徒・原健太役で注目を集めた細田佳央太さん。作品ごとにイメージが変わるカメレオン的演技で視聴者を魅了、NHK大河ドラマ『どうする家康』にも出演が決まっているなど、最も勢いのある若手俳優のひとりです。
この映画でも細やかな感情の揺れを見事に表現している細田さんに、作品への思いや、気になるプライベートのことなどを聞きました。
繊細な役に寄りすぎることで自分が生きづらくなる恐怖心があった
──最初に脚本を読んだとき、どう思いましたか?
嬉しかったです。こういう毛色の作品をずっとやりたいと思っていたので、実際に今回やっとやれたという思いが強かったですね。僕の中では『こどわか』(『子供はわかってあげない』。2021年公開の映画)もそうでしたが、日常を描くからこそ、すごく難しいんです。でも難しい中でもやっていて楽しさもあれば、快感みたいなものもあったりして。それを求めているところがあるので。
──快感というのは?
撮影中は役でいっぱいいっぱいなんですけど、終わった後に、こういった日常ならではの表現の難しさを乗り越えた感覚があります。達成感にも近いですが、スッキリするというか。そういうところですね。
──七森は相手の気持ちを大事にする、とても優しい男子で。自分がいわゆる男性社会になじめない感じや、男という存在だけで女性に迷惑をかけているんじゃないかということにも悩みがあって、とても繊細な役でしたが、役作りはどのようにしましたか?
まず七森と似たような考え方にどんどんしていかないといけないと思いました。七森が繊細度レベル100だとすると自分はそんなに高くないから、五感を鋭くして100に近づけていこうという作業から始めようと。ただ、そうなると僕自身がすごく生きづらくなるんですよ。それで本当にいいのかとか、七森に寄りすぎることで自分が生きづらくなる恐怖心がちょっとあったりして。でも監督からこの作品にかける思いを聞いていたので、「自分を賭けなければいけない」と思ったのが、前に進んだきっかけでした。
──監督からはなんと言われたんですか?
初めてお会いしたときに「私は映画界に革命を起こしたいんです」っておっしゃって。もちろん監督自身も『ぬいぐるみとしゃべる人はやさしい』という原作がすごく大好きで、大切にされていましたし。よりどころが少ないご時世で、この作品が誰かのよりどころになれるかもしれないという思いがあったので。最初に監督のそういった言葉や熱量を聞いて、この監督に自分が尽くさないと失礼に当たるという思いでしたね。
目があるぬいぐるみは、すごく話しづらい
──七森というキャラクターと自分との共通点や、違う点はありますか?
七森の考え方というか、思考の流れはわかるんですが、あそこまで繊細じゃないというところがいちばんの違いですかね。七森が「恋愛の好きがよくわからない」と言っていましたが、僕も「友達としての好き」と「恋愛としての好き」の違いは感覚的にはわかっているといえど、二つある言葉の違いをわかりやすく説明してくださいって言われてもできないので。七森と完全に違うとは言えないかなと思います。
──ぬいぐるみとしゃべるには勇気がいる、と思う人もいるかと思います。
たぶん、七森はぬいぐるみを人じゃないけど物でもないような距離感で見ていて、まだどう接していいかわからないもどかしさもありました。劇中でぬいぐるみとしゃべる麦戸ちゃんが「この子たちの言葉は自分の言葉だから」と言っていましたが、ぬいぐるみに話しかけても、その返答って、自分が思っていることをぬいぐるみがあたかも自分に話してくれているように感じる言葉なので。話しかけることに羞恥心があるかどうかは人それぞれだと思いますが、ある種、ひとり会話のような難しさはあると思います。
──細田さん自身は、実際にぬいぐるみにしゃべりかけましたか?
この作品をやるとなって、試してみました。ただ、目があるぬいぐるみって、すごく話しづらかったんですよね。それはたぶん、人の目と同じで発信しているものがすごく多いというか、目があるだけでしゃべらなくても通じるような気がして。僕は目のないぬいぐるみのほうが話しやすいと思うし。不思議な感覚になるんですよね。この子はいったいどういう感情で僕のことを見つめているんだろうって。その感情を想像してしまう自分がいて。
──そうなんですね。私は登場人物の生きづらさに共感しながら、人や自分との対話の大切さを感じる作品だと思いましたが、細田さんはこの映画をどういう人に見てもらいたいでしょうか?
世の中的にしんどくなることが多いと思うんです。ウイルスで何かがダメになったり、他国でいろんなぶつかり合いが起きたり、暗いニュースが多い中で、それを見たときに人によっては自分ごとじゃなくても暗くなる瞬間があると思います。そのときにこの作品の温かさに触れて、少しでもモヤモヤやマイナスな感情が和らいだらいいなと。
意外と僕らくらいの若い世代のほうが人の優しさを求めているんじゃないかなって、勝手に思ってるんです。卒業や入学で新しい人と出会ったり、場所が変われば周りの人もすごく大きく変わっていく。今だと18歳で成人とはいえ、すぐに心ができあがるわけじゃないし、SNSがすごく普及して、いろんな刺激がある中で生活しているからこそ、しんどくなることが多い世代だと思うんです。もちろん、大人世代にまったくしんどい思いがないとは絶対思わないです。でも、特にそういう若い世代の人に、しんどいって思うことが悪いことじゃないし、甘える場所があっていいんだよっていうメッセージが届いてほしいと思います。
女子の輪に入っていくのは、無理! 友人の鈴鹿央士や田辺桃子との関係
──ここからは細田さんのパーソナルな部分に迫っていきたいと思います。七森は女子の中に普通に混じっていますが、細田さんは女子の輪に入っていけますか?
入れないです! 無理です、無理です(笑)。僕は女性慣れしてないので。高校生くらいのころって、男子ってグループを作ってもそこにカーストがあんまりなかったし、引きずらないじゃないですか。そういう意味でも男子といるほうが楽だったので。
──女子には気を遣っちゃいますよね。キャーキャー言われるのも……?
苦手です。去年、トークショーで学園祭を初めて回らせていただいたのですが、登場したときにすごく「キャー!!」って言われるところと、拍手で迎えられるのとの差が激しくて。僕は拍手のほうが入りやすかったです。「キャー!!」とは普段言われることがないので、「え〜、なんかすみません……」ってなってしまうんで(笑)、あまり得意ではないですね。
──友達とは深い話をしますか?
しますね。同じ業界の友達が多いので、共感してもらえることやシェアできることも多いので頼りにしているし。『ドラゴン桜』で一緒になった鈴鹿央士くんだったり、『恋です!〜ヤンキー君と白杖ガール〜』(2021年放送の日本テレビ系ドラマ)で一緒になった田辺桃子ちゃんとかはすごく話します。今でも集まれるときは集まろうぜっていうメンバーですね。
──自分の悩みは他人に言いにくいという人もいますが、細田さんは悩みを誰かに話しますか?
全然、話します。しんどいときはしんどいって親とかマネージャーさんには言いますけど、俳優仲間には言わないです。みんなで会うときは、自分たちがそれぞれ撮影現場で感じたことや作品に対する分析とかを持ち寄って共有するという感じです。もちろん馬鹿話もするんですけど(笑)。
──SNSなどコミュニケーションツールがたくさんある中で、話すことは大事だと思いますか?
思います。文章だと伝わりづらいこともあるし、見知った中だからこそ、みなまで言わずともなんとなくどういうことを言いたいかわかるので。LINEとかメールとかのデジタルの「好き」ってあんまり信用できないですね。だから、なるべく直接のほうがウソじゃないと思います。
◇ ◇ ◇
最後の答えに「意外に古風な考え方ですね」と伝えると、「間違いなく時代遅れだなって。節目節目で感じることが多いんで」と笑う細田さん。礼儀正しく、質問者の目をまっすぐ見て話す姿が印象的でした。これから俳優としてどんな活躍を見せてくれるか楽しみです。
(取材・文・編集/小新井知子、撮影/伊藤和幸、ヘアメイク/菅野綾香、スタイリスト/岡本健太郎)
〈PROFILE〉
細田佳央太(ほそだ・かなた)
2001年12月12日生まれ、東京都出身。4歳で活動を始める。以降、ドラマや映画で活躍。2019年に1000人越えの応募者の中から抜てきされ、石井裕也監督作『町田くんの世界』にて映画初主演。2021年に映画『花束みたいな恋をした』『子供はわかってあげない』、ドラマ『ドラゴン桜』、『恋です!~ヤンキー君と白杖ガール~』に出演し注目を集める。2022年『もしも、イケメンだけの高校があったら』(テレビ朝日系)にてドラマ初主演。2023年はNHK大河ドラマ『どうする家康』に徳川信康役で出演、初夏には主演を務めるWOWOWの連続ドラマW-30『ドロップ』(品川ヒロシ監督)が放送・配信予定。8月からは白井晃演出舞台『メルセデス・アイス MERCEDES ICE』(世田谷パブリックシアター)に主演が決定している。
〈Information〉
■映画『ぬいぐるみとしゃべる人はやさしい』
公開日:2023年4月14日(金)※4月7日(金)より京都シネマ、京都みなみ会館で京都先行公開
出演:細田佳央太、駒井蓮、新谷ゆづみ、細川岳、真魚、上大迫祐希、若杉凩
原作:大前粟生『ぬいぐるみとしゃべる人はやさしい』(河出書房新社刊)
監督:金子由里奈
脚本:金子鈴幸、金子由里奈
音楽:ジョンのサン
プロデューサー:髭野純
製作・配給:イハフィルムズ