誰でも一度は見たことがあると思われる、所在なさげに落ちている片手袋。どうして片方だけなのか? 人はなぜ片方だけ落としてしまうのか?
謎を検証すべく、2005年から片手袋の研究・考察を始め、著書『片手袋研究入門 小さな落としものから読み解く都市と人』(実業之日本社刊)も上梓した石井公二さんにお話を聞きました。
片手袋が落ちている場所の特徴
そもそも手袋が片方だけ落ちていることに、法則のようなものはあるのか? 石井さんによると、落ちている場所には大きく分けて2パターンあるといいます。
「ひとつは『落としやすい場所』。例えば切符の券売機やバス停の周辺、スーパーマーケットのレジまわりなど、お金の出し入れをする場所がそうです。冬場に手袋を外して財布の中身を取り出そうとしているうちに忘れちゃう……とかですね。あとは、駐車場で車から外に出るときのように、温度が変わる場所でも落としやすいです」
横断歩道で信号待ちをしていて、手袋を脱いでスマホをチェックする際に落とすケースも多いそう。
「手袋を落とす要因としてスマホが占める割合は増えたと思います」
そして落ちている場所のもうひとつのパターンは、「落ちた手袋がとどまりやすい場所」。
「落とした場所と見つかる場所が違う場合もあります。落とした場所にずっとあるわけではなく、階段の段差や排水溝など、風で吹かれたり雨で流されたりなどして、落とした場所から離れてとどまることもあります」
深さ数千メートルの海底で見つかることも
これまでに5000種もの片手袋の写真を撮ってきたという石井さんは、片手袋をチャート式に3段階に分類し、体系化しています。
第1段階では、軍手やゴム手袋などの作業用、ファッション用、子ども用など、使用する「目的」別で分け、第2段階の「過程」では、落ちたままの「放置型」と、誰かに拾われて目立つ場所に移動する「介入型」に大きく分けることができるといいます。
「介入型でいえば、ガードレールに挿してあったり、フェンスに引っかけてあったりするのがそうです。落とし物ではあるのですが、厳密に言うと“落とした手袋を誰かが拾ってあげた”となります」
そして第3段階では「状況・場所」に分類。ゴミ捨て場や、工事現場や倉庫といった作業地帯で軍手が片方だけ落ちているというのは想像しやすいと思いますが、「都心から離れた幹線道路や高速道路なども、運送用のトラックが走る関係で特に多いですし、数千メートルの海底で見つかったりもしています」
ちなみに、落とし物として警察に手袋が届けられる件数も、年間何万枚にもなるとか。
「軍手を届け出る人もいるようです。警察のほうでも、手袋が両手なのか片手だけなのかをちゃんと分類して保管していますよ」
地球上に片手袋のない場所はない
「片手袋を目にするのに、国や季節は関係がない」と石井さんは言います。
「人間の生活には、ありとあらゆるところで手袋の用途があり、防寒用だけじゃなく作業用やコロナ対策としても使われる。そうなると当然、それらの場所すべてで片手袋と遭遇する瞬間も出てきます。
片手袋を研究して18年ほどになりますが、僕は片手袋がない場所は地球上にはないと思っています。Googleのストリートビューでも、極端な話、家の中にいても片手袋を探すことができるんです」
「片手袋そのものというより、その背後に見えてくるものを研究するのが面白い」として、片手袋を読み解いていきます。
「もし銀座という華やかな町に軍手が落ちていたら、それはブランドの店に商品を運ぶ人や、新しく都市が生まれ変わる工事をしている人のモノかもしれない。われわれが表層だけ見て描く都市のイメージと、それを形作る裏方の人たちが存在するという、都市構造を象徴していると思います」
人はなぜ片手袋を落とすのか──自身もしょっちゅう片手袋をなくすという石井さんの回答は、人間の真理を突いたものでした。
「人間が不完全な生きものだからだと思います。お金持ちだろうが貧乏だろうが、老いも若きも男性だろうと女性であろうと、24時間常に完璧な状態でいることはできない。どこかに片手袋を落とすスキが生まれてしまうんです」
たかが片手袋、されど片手袋。道端に取り残された片手袋は、“人間は不完全だからこそ成長する余地がある生きもの”という証(あかし)なのかもしれません。
(取材・文/松平光冬)