『らんまん』第12週、万太郎(神木隆之介)は寿恵子(浜辺美波)を連れて高知に帰った。久々の真打ち登場、祖母のタキ(松坂慶子)は体調の悪化を隠して寿恵子に百人一首対決を迫る。自分に勝てば、嫁として認める。そう言うタキに、受けて立つ寿恵子。ふたり、襷(たすき)をキリリと締めて向き合う。この場面、寿恵子というより浜辺さんのドキドキが伝わってきた。松坂さんを前に、浜辺さん、ビビりまくりだっただろうと想像する。百人一首を経て浜辺さん、女優の階段を一段上がったのでは?
という話はさておき、12週の最大の見せ場は竹雄(志尊淳)の綾(佐久間由衣)への告白だった。「好きだ」といきなり告白するのではない。仕事の話が入り口だ。綾の仕事への姿勢を特別だと絶賛し、好きだと告げる。
この語りを聞きながら、自分まで肯定されたような気持ちになった。働いたことのある女性ならみんな同じ気持ちになったはずで、綾だってそうに違いない。だけどはっきり返事をしなかった。というか、寸止めした(と思う)。綾が去り、竹雄はため息をついていた。
そこから竹雄がどう出るか。すごく楽しみにしていたのに、なんとそれは「お預け」になった。12週の最後は、万太郎の植物標本のひとつが新種と認められる話だった。寿恵子と万太郎と肩を組み、喜ぶ竹雄。そんなことより、綾でしょ、綾。じれったさを表明したところで、竹雄の告白に話を戻す。
理解ある竹雄は働く女子にとってお守りのような存在
酒の仕込みが終わり、宴会が開かれていた。席を抜け出した綾、追いかける竹雄。綾は「みんなが笑っている」と幸せを語る。同時に、こんな楽しい宴会は「きっとこれが(最後になる)」と言いかける。竹雄が「先のことはわかりませんろう」と止める。祖母が亡くなる日を見すえ、綾はこう言う。
「今度こそ、この身ひとつで立たんといかん。この身をさらして、みんなを守らんといかん。おばあちゃんがそうしてきてくれたように」
そこから竹雄は、“論”を進めた。自分は東京で万太郎との主従関係を解消して相棒になった。綾のことも、もう「主人(あるじ)」とは思わない。そう説明したうえで、あなたは植物が好きすぎる万太郎の姉で、酒が好きすぎる槙野綾だ、自分は槙野きょうだいを好きすぎる井上竹雄で、あなたのことが好きな男だ。そう語る。“身分差”は「好き」という気持ちのブレーキになる。それを解消することが双方に必要で、よく練られた作戦というか脚本で、「ほんじゃき、あなたを1人っきりにはせん」と決め台詞が続く。
綾は泣きそうになりながら、東京にはもっと可愛らしい人がいただろうにと強がってみせる。そこからの竹雄が最高だった。何を言うのだ、あなたはすごい女性なのだ、この峰屋を背負うと自分から決めた人だ。だから、まだ起こっていないことでめそめそするな。そう言った後の台詞がこれだ。
「心配せんでも、あなたは泣いても悔やんでも、空が晴れたら立ち上がるがじゃ。大奥様も万太郎も、あなたじゃき託せるがじゃ」
これは泣くでしょ。仕事の厳しさと楽しさを理解したから、祖母の偉大さをより実感した綾。その代わりを自分はできるのか。その不安がわかるからこそ、竹雄は「あなたは決断力と胆力がある優秀な人だ」と言ったのだ。不安なときに、自分の「強み」を整理してくれる。竹雄は、すべての働く女性に必要なお守りみたいな人だと思う。
ヒロインを励まし続けた、おディーン様演じる五代友厚
それで思い出したのが、『あさが来た』(2015年度後期)の五代友厚(ディーン・フジオカ)だ。米国帰りの彼は、ヒロイン・あさ(波瑠)を「ファースト・ペングィン(first penguin)」だと言う。海に飛び込む決断力とリスクをとる勇気がある、これからも胸を張って堂々と海に飛び込め、と。以後、五代はあさを励まし続ける。英語まじりで。
『あさが来た』の平均視聴率は23.5%(ビデオリサーチ調べ、関東地区)。21世紀の朝ドラで最高だ。ヒロインの仕事を励まし続けるカッコいい男性は、視聴率を連れてくる。そのことを『らんまん』の脚本家・長田育恵さんはよく理解している。と思うのは、竹雄の他にもう1人、“第二の五代”がいるのだ。それは寿恵子の実家「白梅堂」の菓子職人・文太(池内万作)。12週、母・まつ(牧瀬里穂)が故郷に帰る文太について行く、つまり結婚することがわかった。それもそのはずと思わせる人だった。
まつを芸者時代から知っていて、働く女性としての彼女を尊敬している。多くない台詞の中からも、そのことがじんわり伝わってきた。印象的だったのが、まつから夕飯に作った豆腐田楽を「持ってって」と渡されるシーン(第9週)。舞踏練習会に参加することにした寿恵子を心配するまつに、文太が「お嬢さんはあれでいて、なかなかしゃっきりしてらっしゃる」と言う。まつが「私はただ、男にすがって生きてくような娘にはしたくないんだよ」と返すと、「それはお嬢さんにも伝わってると思いますよ、おかみさんがそうですから」。そう言って、帰っていく。
カッコいいじゃないか、と文太をひそかに注目していて知ったのだが、池内さんの両親は伊丹十三さんと宮本信子さんだそうだ。なるほど、カッコいいわけだと思う。そしてもう文太が出ないとすれば、“第二の五代”は竹雄だけになる。頑張れ、竹雄!
《執筆者プロフィール》
矢部万紀子(やべ・まきこ)/コラムニスト。1961年、三重県生まれ。1983年、朝日新聞社入社。アエラ編集長代理、書籍部長などを務め、2011年退社。シニア女性誌「ハルメク」編集長を経て2017年よりフリー。著書に『朝ドラには働く女子の本音が詰まってる』『雅子さまの笑顔 生きづらさを超えて』など。