毎週月曜〜金曜の朝7時半から8時まで、テレビ東京系列で『シナぷしゅ』という番組が放送されています。0〜2歳児をメインターゲットにしたテレビ番組で、民放では初めて赤ちゃんに向けて作られました。
赤ちゃん向けのテレビと聞いて思い浮かぶのは、NHKの『Eテレ』。これまで赤ちゃんを対象にした番組は民放にはなく、Eテレ一択という世界でした。なぜ民放で、なぜテレビ東京が『シナぷしゅ』を企画し、実現できたのでしょうか。
その経緯や番組に散りばめられたこだわりを聞くために、われわれ取材班はテレビ東京を訪ねました。『シナぷしゅ』の統括プロデューサーを務める飯田佳奈子さんのお話は、聞けば聞くほど革新的! 放送開始の時期を振り返りながら『シナぷしゅ』の魅力をひもときます。
テレビは赤ちゃんによくないもの!? 子育て中に感じた疑問が番組に
──まずテレビ番組『シナぷしゅ』が誕生したきっかけを教えてください。
私は2018年6月に第1子を出産し、育休を取得して子育てをしていたのですが、産後2か月ほどでつらさのピークがやってきてしまって。もともと子どもが好きで恵まれた環境で子育てをしていても、子育てってこんなにつらいのか、育児ってキツいんだな、という実感がまずあったんです。
あるとき、息抜きに利用した子育て支援センターで、「昨日は1時間もテレビに頼っちゃったよ」と後ろめたそうに話す声が聞こえてきました。みんな一生懸命子育てをしているのに、テレビを見せたことでさらに自分を追い込んでしまっている。テレビ局に勤める人間として、テレビが育児の助けにならず、むしろ足を引っ張る存在になっていることがとても気になりました。
とはいえ私も「テレビは発達に悪いんじゃないか」となんとなく避けていて。でもYouTubeを開けば、“赤ちゃん向け”として誰が作ったかわからない動画が玉石混交たくさんあり、それが何十万回と再生されています。現代の育児にコンテンツは欠かせないはずなのに、真正面から肯定してあげる存在がいない、だから苦しいのかなって。テレビ番組でオフィシャルに作られた上質なコンテンツを提供したいと思ったのが、始まりでした。
──赤ちゃん向けにオフィシャルで作られたテレビ番組というと、NHKのEテレでしょうか。
NHKさんをあまり見てこなかった人でも、子どもが生まれると、途端に「Eテレ最高!」となります。そこは結構不思議でしたね。今の時代、大人用のコンテンツは選択肢がたくさんあるのに、なぜ赤ちゃんには選択肢がないのか。なぜ民放に赤ちゃん向けの番組がないのか。なんだか窮屈だと思ったんです。
私はテレビ局に勤めていて、それもテレ東というちょっと変わった局にいます。テレ東ならEテレに並ぶ選択肢として、これまでなかった赤ちゃん向けの番組を作ることができるかもしれない。そう思い、育休が明けた2019年に企画書を出しました。
──そもそも、民放で赤ちゃん向けの番組が作られてこなかったのはなぜですか?
私がコレ! と明確に答えを言えることではありませんが、ひとつに視聴率の指標があると思います。視聴率の対象となるのは4歳以上。つまり、0歳から4歳未満の乳幼児は対象外なんです。民放は視聴率でビジネスをしている部分が大きくて、視聴率の指標外である赤ちゃんに向けて番組を作るということはなかなかチャレンジできないことでした。
ただ、私が企画書を出した2019年は、テレビ局のビジネスモデルに変化が出てきたときでした。視聴率以外の要素でビジネスが成り立つ確信があり、企画書に盛り込みました。
──企画書を出してトントン拍子に決まったのですか?
はい。「誰もやっていないならとりあえずやってみなさい」と。そこがテレ東のいいところです。もちろんいきなりレギュラー化ができるわけではありません。まずは1週間、どんな番組が作れるのか本気でやってみるということで、2019年12月にトライアル放送という形で実現しました。
民放で初となる赤ちゃん向け番組。Eテレとの違いとは?
──番組の内容はどのように決めていったのでしょう。
最初は何をしたらいいか定まらず、めちゃくちゃ大変でした。Eテレにちょっと引っ張られてしまうんですよ、頭が。なぜなら赤ちゃん向けのジャンルは、私もEテレしか見たことがなかったから。でも、すさまじい歴史と伝統と研究に基づいて作られてきた番組を追いかけても、おそらく超劣化版のようなものしかできません。視点を変え、「親として子どもに何を見せたいか」をシンプルに捉えることにしました。当時、息子は1歳3か月ごろで番組のターゲットの世代だったので「この子が目を輝かせて見るのはどんな番組か」をひたすら考えました。
子育て中のプロデューサーたちと「うちの子だったらこういうのが好き」「うちだったらコレ」とアイデアを持ち寄って、宝箱のように番組に詰めてトライアル放送にこぎつけました。
──トライアル時はどんなコーナーがあったんですか?
トライアル時から『シナぷしゅ』のスタイルはあまり変わっていません。「ぷしゅぷしゅ」もいましたし、オープニングの映像もほぼ変わっていません。
なかでも、パペットの猫のひーたん&みーたんが登場する「がっしゃん」は、トライアル時から人気がありました。子どもたちの中には車や電車の「連結」が好きな子がいますが、子どもがパパやママと手をつなぐときの人と人がつながるという温かさも「がっしゃん」に込められるよね、という話があがって。ひーたん&みーたんが、くっつくものやつながるものを、「がっしゃん」という言葉で楽しく見せてくれるコーナーになりました。
この「がっしゃん」の言葉はとても便利で、視聴者の方が言葉をうまく活用してくれています。チャイルドシートのベルトを締めるとき、テーブルにイスをくっつけるときに、「がっしゃんしようね」と。日常的に「がっしゃん」を使ってくれています。
東京大学赤ちゃんラボ監修のバラエティ豊かなコーナー
──『シナぷしゅ』は、監修に東京大学赤ちゃんラボの開一夫(ひらきかずお)教授が入られているんですね。
トライアル放送から、開先生に監修をお願いしていました。開先生はとても柔軟な方で、「トライアンドエラー。やってみて軌道修正していったらいいんじゃないの」と、いつも応援してくれます。放送を見て「ここがよかったよ」と褒めてくださったり。2022年11月の歌(つきうた)の『さんごdeタンゴ』は、開先生の発案でした。赤ちゃんに聴かせてみたいから作ってみよう、と考えてくださいました。
──ほかに、開先生からはどんなアドバイスやコメントをいただいたんですか?
打ち合わせをしたときに、「赤ちゃんの集中力はマックスで3分ももたないと思うよ」と教えていただきました。ならば1〜2分のショートコンテンツを段積みにして本編尺にしようと、今の構成になっています。
いろんなモノが倒れる「どてっ」というコーナーがあります。先生いわく、低月齢の赤ちゃんにも、なんとなく“物理の感覚の種”ってあるんですって。突然倒れるはずのないモノが、ぱたって急に倒れるのは、赤ちゃんなりにおかしい、だから面白い。「理屈ではなく赤ちゃんの感覚でわかることだから、『どてっ』はすごいコンテンツだよ」と褒めていただきました。
「どてっ」のように、倒れるはずのないモノが倒れるといった、“裏切り”を見せてあげると、赤ちゃんの注意を引くことができます。開先生からのアドバイスをコンテンツづくりのヒントにしています。
──裏切りやハッと注意を引くことは、『シナぷしゅ』の映像にも表れていますよね。
最初のころ、先生に映像やテロップの色を相談したことがありました。そのとき、すべては「緩急」だ、と。原色のところにパステルが紛れ込んでくればそっちを見るし、逆もまた然り。だから、一辺倒にならないように緩急をつけなさい、と教えていただきました。
だから『シナぷしゅ』のコンテンツを見ても、質感がバラバラなんです。実写があって、クレイアニメもあって、2Dのアニメーションに手描きもあります。赤ちゃんを飽きさせず、感覚で捉えられるように、ショートコーナーをバランスよく配置しています。
──30分の放送にいろいろな要素が詰まっているんですね。
ショートコンテンツが積み上がっている『シナぷしゅ』は、セレクトショップのような感じです。その中から「好きなものを選んでね」という気持ちです。赤ちゃんにも個性があり好みもそれぞれ異なります。「うちの子はこのコーナーが好き」「今はこの歌が好き」と、好きなものを選んで見てほしいです。本当に“親心”で作っているコンテンツです。
──では、赤ちゃん番組を作るにあたって、気をつけていることはありますか?
「男の子が青で女の子が赤」「お料理をするのはお母さん」というような表現をしないように気をつけています。0〜2歳向けの番組には、言葉による説明はありません。でもだからこそ、赤ちゃんが視覚的に捉えたときに“刷り込み”にならないよう、固定概念の基礎を作ってしまわないように。コツコツ積み重ねだと思うんですが、大事なことなのかなと思いながらやっています。
あとは、Eテレと同じことをしてもつまらないので、そこは意識しています。単純に「打倒Eテレ!」だとはまったく思っていなくて、「Eテレも見て、シナぷしゅも見る」が最高だと思っています。
◇ ◇ ◇
後編は、番組へ寄せられる視聴者の声から気づいたこと、映画化へ込めた飯田さんの想いも伺います。
【後編→『シナぷしゅ』プロデューサーが語る“0〜2歳児向け映画”へのこだわり「赤ちゃんも社会の一員だと伝えたい」】
(取材・文/鈴木ゆう子)
●『シナぷしゅ』
毎週 月曜~金曜 あさ 7:30~8:00(テレビ東京系列6局ネット)
●『ウタぷしゅ』※『シナぷしゅ』で人気のオリジナルソングを集めたスペシャル番組。
隔週 金曜 夕方 5:30~5:55(テレビ東京ローカル)
●『シナぷしゅ THE MOVIE ぷしゅほっぺにゅうワールド』
5月19日よりユナイテッド・シネマ豊洲、新宿ピカデリーほか公開中。