日本はいろいろな場面で「きっちり100%であること」や「人に迷惑をかけないこと」が求められる。おもてなしの文化をはじめ、それらは日本ならではのよさにつながっている一方で、多くの方が窮屈さや“生きづらさ”を感じる要因にもなっているのではないか。そんな問いからスタートしたのが、今回の取材である。
お話を伺ったフリーのインタビューライター/エッセイスト・いしかわゆきさんは、2022年8月に書籍『ポンコツなわたしで、生きていく。』を出版した。いしかわさんは、各所で自身がADHDであることを公表し、書籍の中でもさまざまな「ポンコツエピソード」を披露している。
「できないことがあること」を悪とせずに、迷惑をかけることを前提としてありのままに生きる……。そんな彼女に今回、私たちが気づかないうちに縛られている価値観や規範から自由になるためのヒントを語っていただいた。
まさかのエピソードから始まった、今回の取材
時刻は15時15分、都内の弊社会議室。そろそろ、いしかわゆきさんが到着するころだと思っていたそのとき、筆者のスマホに1通のメッセージが届いた。いしかわさんからだ。
「ちょっと待ってください……目黒の主婦の友社と勘違いしていることに今気づきました……」
いしかわさん……! なんというニアミスだろう。フムフムニュースの運営元は、主婦と生活社。主婦の友社は別の会社だ。たしかに、どちらも「主婦」から始まる社名のため非常にややこしくはあるが……まさかの社名間違いが発生したのである。
「今から飛ばして15時40分につきます、本当にご迷惑をおかけして申し訳ございません…!!」
ポンコツでいい。もっと人に頼りながら、自分らしく生きていい。
そんなテーマを主軸とした今回の取材は、衝撃の“ポンコツ”エピソードから始まることとなった。
「人に迷惑をかけてはいけない」は、本当だろうか?
──いしかわさん、こちらからの前日のリマインドが漏れており、申し訳ありませんでした。まさかの記事テーマに絡んだエピソードから取材がスタートしたことに、驚いています(笑)。
「本当にごめんなさい! マシになったほうではあるんですけど、私、電車遅延が起きるとパニックになりやすくて……。駅でわちゃわちゃと調べて目黒に向かっていたのですが、そもそも会社を間違えていたという。迷惑をかけて申し訳ないです」
──とんでもないです。今回の取材はまさに「迷惑」についても、ひとつのテーマとしてお伺いしたかったんですよ。日本では「人様に迷惑をかけてはいけない」という規範が強いですよね。
「確かに、そうかもしれないですね」
──普段から「迷惑をかけないように」と強く意識することが、実は日本独特の生きづらさにつながっているようにも感じるんです。いしかわさんは著書『ポンコツなわたしで、生きていく。』の中で「ポンコツ=悪ではない」「もっと人を頼っていい」と書かれていますが、“人に迷惑をかけないようにする”とは、どんなことだと考えますか?
「そもそも視点が違っていて、何を迷惑と感じるかは人によって基準が大きく異なると思っていますね。私が何かやらかしてしまっても、迷惑とは思わない人もいれば、迷惑をかけられるなんて絶対に嫌だと感じる人もいます。
私が本当に迷惑をかけまくっている友達がいるのですが、その子に話を聞いてみると、私の“やらかし”もあまり迷惑だと感じていないようなんです。例えば、私がその子のグラスを割ってしまったときも“ゆきのおかげで、ずっとやろうと思っていた金継ぎ(きんつぎ)をやれたよ。ありがとう!”と言ってくれて。もちろんそれは彼女のやさしさではありますが、そんな風に、やらかしてしまっても、ポンコツエピソードがたくさんあったとしても一緒にいたい、一緒に仕事がしたいと思ってくれる人を周囲に増やしたいと考えています。自分の“ポンコツワールド”をつくるという発想です」
──視点が逆なのですね。そもそも、いしかわさんはいつごろから、自分自身が「ポンコツかも」と思うようになったのでしょうか。
「最初に違和感を感じたのは、大学時代に経験した飲食店でのアルバイトでした。朝6時には職場に到着しなければならないバイトだったのに、私は起きられず遅刻することが続いてクビになってしまって。そのときに少しだけ“私、ダメなのかも”と思ったのですが、朝の弱さは大学生によくある話ですから、深刻に心配はしていませんでした。
人との違いが如実に現れたのは、就職活動のときです。私は就活がうまくこなせなかったんですね。どの会社の書類がいつ締切なのかもきちんと把握できなければ、面接にも遅刻して、“もう、なんかいいや”とあきらめてしまう始末でした。でも、それまで授業に遅刻・欠席していた学生は、多くがしっかりと就活をクリアしているのを目にして。そのときに、ポンコツというとかわいらしいですけど、自分に対して社会不適合者だと思ってしまいました」
──就活の結果は、最終的にどうだったのでしょう。
「結果として、新卒でぬいぐるみ・雑貨メーカーに営業職として入社できました。でも、結局は営業職やその会社で古くから続く仕事のやり方が合わずに1年半で退職。その後は広告代理店でWeb広告のクリエイティブ職を1年半、Webメディアで編集とライター職を8か月ほど経験しました。
その後は、ずっとフリーランスとして働いています。今はインタビューライターをメインに、エッセイストとして書籍やnoteの執筆、Z世代向けマーケティング会社の広報職、イベント登壇、コミュニティ運営を手がけています」
──ポンコツなわたしで、生きていく。というテーマで書籍を書くことに決めたのはなぜですか?
「私の書いているnoteの中で、最も反響の大きなテーマだったからです。日々の失敗やポンコツエピソード、ポンコツなりに人生が楽になる考え方をnoteに書き記していたら、“読んでいたらすごく楽になりました”とか“ゆきさんみたいな考え方ができるようになりたいです”といったコメントがたくさんついたんですね。
今の時代、毎日を生き抜くために頑張っている人がたくさんいると思います。私の話を書籍にまとめることで、頑張ってる人が肩ひじ張らずに生きられたり、ポンコツでも何とかなるかもしれないと思えるきっかけがつくれたらと思って、このテーマで書籍を出版することに決めました」
ありのままの自分でいないと、あらゆる人に迷惑だと思う
──noteやSNSを拝見していると、いしかわさんは今、自分らしくありのままに生きているように感じます。ありのままに生きられるようになったのは、やはり数回のジョブチェンジを経て、現在の仕事が天職だと思えているからでしょうか?
「いえいえ、何か明確なビジョンを持って今日までやってきたというような、そんなきれいな話ではないんですよ。営業職が向いていなかったり、仕事がやりたい方向性と違ってたりと、嫌なことを回避し続けていたら、偶然できあがったキャリアなので」
──そうだったのですね。とはいえ、嫌なことに正直であるのも、自分らしく生きる秘訣なのかなと思ったのですが、いしかわさんが「ありのままの自分」でいられるようになったきっかけはあるのでしょうか。
「1社目を転職したときの経験が大きいように思います。1社目の会社は、勤務時間や上下関係、礼儀、服装に厳しいところだったのですが、私はできないことが多くてよく怒られていたんです。でも、2社目の広告代理店ではクリエイティブ職で高い自由度で働けたこともあり、パジャマみたいな服を着ていても怒られなければ、昼過ぎに出社する人もたくさんいた。環境を変えれば、自分のダメな部分もそこまでダメに見えないことに気がついたとき、このままの自分で生きられる方法を考えるようになりました」
──「ダメな部分は直すべき」という風潮もあり、環境を変えようとする人は少ない気がします。むしろ、ありのままの自分を出すことに怖さを感じる方も多いように思うのですが、その点はどう考えますか?
「その点に関しては、お伝えしたいことが2つあります。
まず、ありのままの自分でいないと、自分もまわりの人も不幸になると思うんです。例えば、時間を守ることがどうしても苦手な人が、自分にウソをついて待ち合わせに時間厳守する約束をしてしまったとします。もし時間を守れなかったら相手もガッカリしますし、そもそも自分も時間を守らなければならないプレッシャーで非常に苦しいはずなんです。これって双方が不幸ですよね。できないことがあるのなら、隠さずそのままの自分でいたほうがお互いに気持ちよく生きられると思います。
それから、“ありのままの自分でいることが怖い”に関しては、“怖い”の部分をもう少し具体的に言語化してみるといいのではないでしょうか。人間は未知のものに恐怖を感じるものですし、怖いことを書き出してみて言語化ができれば、恐怖心はなくなる気がします」
──その「怖い」の感覚に関しては、日本ならではの「空気を読む」文化も関係していると考えています。空気を読む必要がある中で、自分を出したら嫌われるのではないか。そう思って、怖さを感じている方もいるのではと思うのですが……。
「ああ、なるほど。空気を読んでもいいと思うのですが、それって幸せに近づくかというと、違う気がしませんか? 空気を読んだほうがいろんな人と無難に付き合えて平和だとは思いますが、好きな人と一緒にいることと同義ではないと思っていて」
──どういうことでしょうか。
「どういう人と一緒にいるときの自分が、いちばん楽しくて幸せか。ここが大事だと思うんです。自分という人間は周囲5人の平均でつくられると言いますが、空気を読み続けていたら、好きでもない人が周囲に集まってしまうかもしれません。好きなこと、嫌いなことをはっきりと言葉にしていたほうが、価値観の合う人と付き合えるようになるし、自分にとって快適な環境をつくることにもつながると思います」
自分の人生は、選んでつくっていけるもの
──お話を伺っていると、いしかわさんは「好き・嫌い」「楽しい・楽しくない」といった自分軸をとても大切にされていると感じました。昔からそのようなスタンスだったのですか?
「激務だった広告代理店時代に、このスタンスが如実に現れたように思います。本当に文字どおり目が回るほど忙しく、同期含め多くの人が身体を壊してしまう職場だったんですね。そのときに、親同士が好き合って生まれてきただけのこの人生に特に意味などないのだから、会社に消耗されて身体を壊すのは意味がわからないなと感じてしまったんです。最大限ハッピーに生きないと損じゃないかと思って。そのことに気がついたとき、そもそもどうやって働くかも、どう生きるかも自分で選べるのだから、自分の軸を大切にしようと思うようになりました」
──自分の人生には、思っている以上に選択肢がある。そのことに気がついた、と。
「そうなんです。学生時代に親元で過ごした思考のままでいると、よくも悪くも世界が狭いままです。この会社でしか働けないとか、仕事だから頑張らなくちゃいけないと思いがちなのですが、別にその会社で働かなくたっていいし、仕事以外の方法でお金を稼いで楽できるならそれでもいいんです。
自分がどうあるかって、実は無限に選べちゃう。いいことも悪いことも、選んでいるのは自分なんです」
──なるほど。いしかわさんのように人生の選択肢の多さに気づくためには、どうしたらよいのでしょうか。
「自分の考えを人に話したり、どこかに書いたりして、一度自分の外に出してみるといいと思います。人に話す場合は、できるだけいろいろな人に聞いてみるのがポイントです。一度他者のフィルターを通してみると、自分の価値観が当たり前ではないことに気づきやすくなる。考えていることを紙に書き出すだけでも、理想と現実のギャップの差を埋めるための行動指針が見えやすくなります。
とはいえ、最後の決断は自分ですべきです。人に決めてもらうと、その結果に対して他責になって自分の人生を生きることにはなりませんから」
──とても勉強になります。ちょっと究極の質問をしてみたいのですが、いしかわさんは今、幸せですか?
「結構幸せだと思っていますよ。でも、ハングリー精神も強いので、自分の知らなかった世界をもっと知っていけば、さらに幸せになれるかもしれないとも、頭のどこかで思っていますね。この幸せがゴールじゃないと思ってるのかも。死ぬときが本当のゴールだから、そのときに幸せで、この人生は正解だったと思えるようこれからも生きていきたいです」
──最後に、読者にメッセージをいただけますでしょうか。
「取材冒頭の質問にもあったのですが、“生きづらさ”という言葉、最近少し乱用されすぎているように思います。もし今、“生きづらいな……”と感じているのなら、何に対して生きづらいのかをしっかりと見極めることが必要です。
例えば、私はADHDとHSP(※)を持っているので、人よりも大きな音や人目が苦手なんですね。その特徴を把握できていないと、私はずっと刺激にさらされて生きづらいまま。でも、特徴がわかっているからこそ、少しでも快適に暮らせるように対策がとれます。
※HSP:「Highly Sensitive Person(ハイリー・センシティブ・パーソン)」の頭文字をとった症状。生まれつき感受性が強く、敏感な気質もった人という意味で、日本人口の約15%~20%が該当するといわれている
生きづらい、嫌なことがある、ストレスを感じていることがあるのなら、それをそのままにしておかず、まずは何が原因なのかを言語化する。そして、それらをゼロにできるように、自分で考えて選びとっていけると、どんどん生きやすい世界を作っていけると思います!」
(取材・文/市岡光子、編集/FM中西)