3年ぶりに行動制限が解除されたことで、日本の観光地に旅行客が戻ってきています。
その一方で、宿泊業や農業、サービス業などはいまだ人手不足が続いており、特に地方では過疎化・少子高齢化の影響もあり、休業・廃業を余儀なくされた事業者も少なくありません。
そんな中、東京・渋谷区にあるベンチャー企業『おてつたび』が脚光を浴びています。
人材マッチングサービスを本業とする同社ですが、ユニークなのはその内容。全国各地の農家や催事イベントといった事業先に旅行者を “お手伝い”として紹介するというもので、旅行者は交通費こそ自己負担ですが、お手伝いすることで最低賃金以上の報酬が得られ、事業元が用意する宿や自宅などに無料で泊まることが可能。同社は旅行者の就労が終わった時点で、事業元から手数料を受け取る仕組みです。
2018年7月に同社を設立した代表の永岡里菜さんから、観光と雇用創出のマッチングの架け橋を築くに至った経緯や、現状の取り組み、今後の展望などをフカホリしました。
行かないとわからない地域の魅力を求めて会社を辞め、起業化に動く
永岡さんがおてつたびを起業するに至ったのは、前職で地域活性化を行う業務に就いていたのがきっかけでした。仕事で全国を回っていたことで、その土地ならではのよさがあると気づいたそう。
「私は三重県の尾鷲市出身なんですが、東京からだと車や鉄道で5時間ぐらいかかってしまう場所で、かつ著名な観光名所もないと言われることが多いんです。でも、実際に行ってみるとわかる魅力があるんです。
尾鷲がまさしくそうなのですが、おいしいご飯も美しい景色もあるし、人も優しい。でもそれをネットで伝えても、“尾鷲の魚と三陸海岸の魚では何が違うの?”となってしまい、魅力が見い出しにくくなってしまう。でも、1回でも(現地に)来てもらって、その地域の魅力に触れた人から派生してファンが増えていくという“輪”を作れないかというのが、そもそもの始まりでした」
地元の尾鷲のように「そこってどこ?」と言われてしまう地域に人が来る仕組みをどうやったら作れるのか。考えた末に永岡さんは会社を辞め、行動に移します。
「住まいも解約し、夜行バスに乗って半年間全国を回り、ニーズ調査をしました。地域の魅力を知るにはお酒を飲む場が大事なのではと、旅先で地域の人とお酒が飲めるプラットホームをテストとして作ったりも」
各地の市町村で朝から晩まで農家での収穫などを手伝っていくうちに、「“人がいたら農地拡大できるけど、縮小化するしかない”といった、過疎化・少子高齢化で人手不足の声をよく聞いた」ことをヒントに、旅行者が現地でお手伝い=短期就労しながら旅費を稼ぐという仕組みを思いつきます。
当初は「なぜ旅行先で仕事をするのか?」「そんな中途半端な気持ちで来られても」と理解されず、ときには「お手伝いレベルで務まるわけないでしょ」と“お手伝い”という言葉を誤解されたりもしたそう。
「実績がないので、結局は口だけと思われてしまうのがもどかしかった。失敗は思い出せないぐらいありましたけど、それを全部バネにして次につなげていきました」
当初は起業する気はなかった永岡さんでしたが、今の世の中の仕組みでは限界があると感じ、本格的に事業化に向けて動き出しました。
自分を変えるきっかけに
おてつたびを通して旅行者の受け入れを希望する事業者は観光業と農家が4割ずつを占め、残り2割は飲食店などの小売業やイベント関連。登録者が安心して働ける環境であるかを審査したうえで、同社のサイトの求人募集ページに告知されます。
仕事内容は旅館の従業員や農作物収穫のお手伝い、空き家をリノベーションする実働スタッフなど多岐にわたり、降雪地域の雪かきや町の催事スタッフといった、時節に特化した募集も少なくありません。
2023年1月時点で900件もの受け入れ事業者がある中には、こんなケースも。
「(登録者の方の)プチスキルを生かせるような、困り事を解消できるお手伝いもできたら……とは会社設立時から思っていたのですが、最近そういった募集も増えています。例えば長野県のリンゴ農家さんからは“プレスリリースを書いてほしい”という依頼もありました。リンゴの収穫作業以外にもプチスキルを生かせる。そんなシナジー(相乗効果)が生まれてきていていいなと思いますね」
一方で、おてつたびに登録している人の数は3万人にも上り、多くは20代の学生ですが、ほかに元教諭、キャビンアテンダント、セミリタイアした70代など、年齢も職種も幅広い層が集まっています。
「新規事業を考えている企業の方や、車中泊や自転車で日本一周している方も登録されています。
登録者の方の人気が集中する地域というのは特にないのですが、“おてつたびに参加してみたい”という方は一定数いますね。知らない地域との出会いを求めて、タイミングを見計らって参加する方が多いようです」
おてつたびへの参加で人生観が変わったという声も。
「おてつたびした先にそのまま就職した方もいます。自分が住んでいるところから離れて、いろんな人と出会ったり地域や産業と触れたりすることで、価値観や進路が広がりやすくなるのかなと思います」
同社のサイトには過去の参加者のレビューが掲載されています。
「一人で過ごすほうが好き、という東京の大学生さんが北海道のブロッコリー農家さんにおてつたびした際、いろんな人との出会いや地域の人と出会って変わることができたという感想を論文みたいに書いてくれました。
あと、精神的に不安定になって休学していた19歳の看護学校の女性が、同じように休学しおてつたびに参加している学生の記事を読み、自身も参加を決意。おてつたび先での人との出会いが自信につながったと話してくれました」(広報の園田稚彩さん)
自分を変えるきっかけとしておてつたびを利用する。地域だけでなく登録者自身の活性化にもなっています。
地域外の人がその地域のファンとなる「関係人口」づくり
現在、おてつたびでは企業と連携し、休暇が取りにくい会社員の方も参加できるモデルづくりを展開。昨年には第1弾として、KDDIの社員が長野県中野市にて休耕田の草刈りや「ぼたんこしょう」の収穫のお手伝いを実施。「10名ぐらいの定員数だったのですが、5倍ぐらいの方が手を挙げてくださいました」と手ごたえを感じたそう。
「私たちのビジョンである『日本各地にある本当にいい人、いいもの、いい地域がしっかり評価される世界を創る』を、おてつたびのツールを通じて知らない地域のファンになってもらうというのを掲げていますが、実際におてつたびを終えた後も、その地域の産物を買い続けていたり、何度も訪れたりといった“関係人口”が増えているのは嬉しいことです」
関係人口とは、移住した「定住人口」でも観光に来た「交流人口」でもない、地域と多様にかかわる人々を指す言葉ですが、永岡さんは「まだまだ私たちができることがあるんじゃないのかなと。好きになった地域を応援して、よりお金が落ちるような形を作っていくのが次のステップ」と先を見すえています。
過疎化に少子高齢化、コロナ禍による観光客の減少などはありますが、地方にはまだまだ知られていない、人を寄せつける魅力が詰まっています。
「ナイス・トゥ・ハブ(あればよいが、なくても問題ないもの)ではなく、マスト・ハブ(絶対に必要なもの)を作らなければ」と模索した末に永岡さんが生んだ“おてつたび”。就労しながら旅行するという、一見するとミスマッチなこのキーワードは、Z世代のみならずX・Y世代、さらに前の団塊世代をも魅了する、地方再生の新潮流となっています。
(取材・文/松平光冬)