コロナ禍になり、あらゆる生活様式が変化した中で、海外旅行や国内旅行など遠出をする機会が減った影響は大きかったと思います。でも、周りを見渡してみるとこれまで見落としていた楽しみや、見知らぬスポットもまだまだあるはず……。そんな半径3キロで見つかる日常生活の中の幸せにスポットを当てていきます。
東京の高円寺にある銭湯『小杉湯』(第1弾インタビュー参照)。その建物のとなりには、その名のとおり『小杉湯となり』という、シェアスペースがあります。会員制施設ですが、会員になると小杉湯で使える銭湯券に交換できるチケットがもらえるなど、日常の中に銭湯があるくらしが可能になっています。
【第1弾インタビュー:「半径2キロで見つける小さな幸せ」若者たちが通う高円寺の老舗銭湯『小杉湯』三代目の“家業を継ぐ”覚悟】
今回は、小杉湯となりの運営を手掛ける株式会社銭湯ぐらしの代表取締役の加藤優一さんに、銭湯ぐらしのユニークな成り立ちと銭湯の楽しみ方についてお聞きしました。
期間限定のアパートに集まった住人で、銭湯のあるくらし
──加藤さんは、毎日のように銭湯通いを続けているそうですが。
「風呂なしアパートに住んでいた時の習慣で、銭湯通いを続けています。今は風呂が付いている家なのですが、家のシャワーを1回も使ったことがないんです。普段は小杉湯に行きますが、小杉湯が木曜休みなので、その日は別の銭湯に行っています。もう銭湯がないと生きていけないですね(笑)」
──年代も職業も異なる人たちが集まっている銭湯ぐらしですが、どのような形でスタートしたのですか?
「2017年3月から銭湯ぐらしの活動が始まっています。僕はその1年前に、OpenA(建築設計を基軸としながらリノベーション、公共空間の再生、地方都市の再生、本やメディアの編集・制作を横断的に行う設計事務所)に就職するために上京してきました。
当時、小杉湯は二代目から三代目(第1弾でインタビューした平松佑介さん)に代替わりのタイミングで、銭湯のとなりには小杉湯が所有する古いアパートが建っていたんです。古い建物を解体して新しいアパートを建てる予定でしたが、先立って住民に立ちのき依頼をかけたら、予定よりも早く立ちのきが完了した。その頃に三代目と出会い、“となりに1年間だけ使えるアパートがあるから、建築をやっているのなら、なにか面白いことやろうよ”って話になったんです」
──その時は、加藤さんはどのような立場だったんですか。
「就職のために小杉湯の近くに引っ越してきて、“近くの銭湯に通おう”と思って通い始めたばかりで、お客さんの立場でした。『銭湯図解』(中央公論新社刊)という本を描いた画家の塩谷歩波さんなど、面白い人が小杉湯に集まっている時期だったから、その人たちにアパートの各部屋に1年間住んでもらって、毎日銭湯に入ってもらう生活を通して、銭湯の可能性を探すっていうプロジェクトを立ち上げたんです」
──どういう人たちが、アパートに住んでいましたか?
「カメラマンや編集者やミュージシャンなど、各部屋ごとに違うクリエイターに住んでもらいました。風呂なしアパートだと住みたい人が集まらないと思ったので、“銭湯つきアパート”という名前にして人を集めました」
──住民たちが企画して、イベントなどもされたそうですね。
「銭湯ぐらしでいろいろなイベントを企画しました。カネコアヤノさんや曽我部恵一さんのライブを銭湯で行ったり、アパートの一室をアトリエとして開放し、アーティストが1か月ごとに滞在して、銭湯のあるくらしを体験しながら作品を制作するプロジェクトを行ったりしました」
──アパートを壊してから、今の小杉湯となりを建設したきっかけは何でしたか?
「せっかくなので、“次の建物も銭湯を生かした建物にしよう”という話が出たんです。アパートではなくもっとみんなが使える場所にしたいと考えた。そこで、プロジェクトとしてはじまった銭湯ぐらしを法人化して、小杉湯となりの企画と運営の準備を進めていきました」
──具体的な経営はどのように行っているのですか?
「建物の初期投資は小杉湯です。そこを銭湯ぐらしが一棟借りして運営していますので、小杉湯には家賃を支払っています。小杉湯が運営するという形もあったけれど、小杉湯は銭湯の運営に集中しなければいけない時期でした。小杉湯は銭湯を守って人を集める求心力を担い、われわれは銭湯の可能性を広げる遠心力を担う、という役割分担にしました。経営母体を別にして両社で頑張ることで、より銭湯の可能性も広がっていくと思っています」
オープンしてすぐにコロナ禍に突入。飲食業から会員制スペースに
──銭湯ぐらしを企業化してから、どれくらいで小杉湯となりをオープンできましたか?
「構想期間が2年あって、2020年3月がオープンです。コンセプトは“銭湯のあるくらし”が体験できる場所。湯上がりにご飯を食べたり、仕事をしたり、くつろいだり。くらしの中に銭湯がある。でも、オープン2週間後にコロナの感染拡大が起きて、2週間しか通常営業できなかったんです」
──いきなりのピンチですね。
「悩んだけれど、少しでも安心して使えるように、小杉湯となりを2020年6月から会員制に切り替えたんです。そこから現在まで、会員制で運営しています」
──小杉湯となりは、2、3階は和室になっていて、1階にはキッチンもあり、家にいるみたいな内装ですね。
「1階にはシェアキッチンがあるので、自炊をする人もいるし、週末、食堂を開催する人もいます。“まちの台所”みたいなイメージです。2階は、仕事や読書に集中できる畳の小上がりがあり、“まちの書斎”と位置づけています。3階は個室になっていて、天気がいい日には富士山も見えるんですよ」
──既存のコワーキングスペースとは違って、心地よい空間をみんなでシェアするような感じですね。
「一般的なワークスペースのように、使い方が限定される場所にはしたくなかったんです。人とちょっと話したい人もいれば、こもりたい人もいる。コミュニケーションや過ごし方に選択の自由を作りたいって思っていました」
──そこに銭湯も加わるのですね。
「銭湯は“まちのお風呂”ですね。徒歩圏内に、お風呂、台所、書斎が分散していて、街全体を1つの家のように使うくらし方です。小杉湯となりの会員になると、『となりチケット』というものが月10枚配られるのですが、小杉湯だけではなくて、近くのコーヒー店の割引券として使えたり、レンタル自転車も利用できるんです。街の機能と連携しています」
──街を知るきっかけにもなるのですね。
「ほかにも、近くの古民家を利用できたり、元会員が長野で始めたゲストハウスに無料宿泊ができるなど、拠点が広がっています。これからも小杉湯となりを中心に、くらしの拠点を広げていきたいと思っています」
──今は、小杉湯となりのスタッフはどれくらいいるのですか?
「メンバーは50人くらい。経営や企画に関わるメンバーが20人、アルバイトスタッフや運営を手伝ってくれるボランティアのメンバーが30人。最高齢は80歳なんですよ。80歳のスタッフは小杉湯のお客さんだった男性で、番台の子がリクルートしてくれました」
──幅広い年齢層ですね。高齢の方はどのような仕事をしているのですか?
「銭湯ぐらしでは、家の浴槽に入れて楽しめる『お風呂のもと』という定期便を発送しているんです。高齢の方には、もともとは廃棄される予定だった酒粕や、カカオの皮などを使ったお風呂のもとの梱包作業を手伝ってもらっています。みんな近所の人で、家で詰めて持ってきてくれています」
銭湯は“サイレントコミュニケーション”が成立する場所
──加藤さんはもともと銭湯が好きだったのですか?
「僕は山形出身ですが、物心ついた時から銭湯に通っているので、銭湯歴が30年以上になります。地元は各市町村に温泉が湧いていて、銭湯もたくさんあったんです。そのため、上京してからも自然に銭湯に通い始めました」
──銭湯には、加藤さんのような若い世代もいましたか? 銭湯の魅力って、どういうところでしょうか。
「最近は若者が多いように感じます。銭湯はどんな時でも自分を受け入れてくれる存在なんだと思います。疲れているときも、つらいときも、温かいお湯で迎えてくれる。あとは、直接会話をしなくてもつながりを感じられる“サイレントコミュニケーション”が成立しているんです。ひとりでいたいけど、誰かとつながっていたい、そんな気持ちにも応えてくれる」
──第1弾の平松さんのお話では、小杉湯は土日の利用者が800人で、平日は400人くらいということで、1日に同じ場所に訪れる人がそれだけいると思うと、すごい集客数ですよね。
「同じ場所を使っていますが、時間ごとに利用者の属性は変わっていきます。夕方は常連や高齢の方が中心で、深夜になるとサラリーマンや学生が増えてくる。顔の見える関係性を通して、その地域を感じられるのは面白いですね。若い人は、地域とのつながりを感じたくて銭湯にハマっている面もあると思います」
──最近の銭湯ブームは、20代や30代という若い世代に刺さっていると思いますか?
「そうですね。お客さんの中にはワーカホリック気味な人が多い気がします。休みを作らないで、詰め込んでしまう。だから、1日1回はデジタルデトックス(一定期間スマートフォンやパソコンなどのデジタルデバイスとの距離を置くこと)をしたほうがいい。それは家風呂だとなかなかできない。日常の中に余白を作るっていうのは、銭湯ならではだと思うんです」
──確かに、銭湯はだいたい生活圏内にありまからね。
「平松は“小杉湯のライバルはスターバックス”って言っているんです。入浴料(480円)とコーヒー1杯と比べると同じくらい。スタバのようなサードプレイスを目指しています」
──なるほど、すごくよくわかります。
「東京だと特に、ご近所づきあいが少なくなっていますが、銭湯ってほどよいご近所づきあいができる。SNSの逆で、“名前は知らないけれど、顔は知っている”っていう関係性なんです。小杉湯では、『パパママ銭湯』という子連れで銭湯に入れるイベントもやっているのですが、小さいうちからおじいさんやおばあさんの裸って見たほうがいいって思うんですよ。“人間ってこうやって年を取るのだな……”って実感できるし。銭湯って、いろんな人がいるなって学べる場所でもあるんです」
──では、最後におすすめの入浴法ってありますか?
「僕は、小杉湯では“交互浴”という熱い風呂と冷たい風呂を交互に入る入り方をしています。最初に、ジェット風呂で身体をほぐしてから水風呂に。そしてまた強いジェット風呂につかってから、熱湯に入る。そして最後に水風呂でしめて上がります。これを5年間続けていますね」
──代謝がよくなって風邪をひかなくなったりしましたか?
「いや、風邪はひきました(笑)。実は、風呂に入ってから飲みに行っていたんです。それからは、お風呂上がりに飲みに行かないって決めました」
◇ ◇ ◇
銭湯を中心としたコミュニティ。近所でほっこりできる場所が見つかったら、ちょっと幸せな気分になれそうです。電車を使うような外出をしなくても、日常生活の中で楽しいことはたくさんあるはず。半径3キロメートルで、また探しに行きましょう。
(取材・文/池守りぜね)
〈PROFILE〉
加藤優一(かとう・ゆういち)
建築家、 株式会社銭湯ぐらし代表取締役、一般社団法人最上のくらし舎代表理事、OpenA+公共R不動産。1987年山形生まれ。東北大学博士課程満期退学。建築・都市の企画・設計・運営・執筆等を通して、地方都市や公共空間の再生に携わる。近作に「佐賀城公園エリアリノベーション」(デザイン監修)、「SAGA FURUYU CAMP」(設計)、「万場町のくらし」(設計・運営)、「小杉湯となり」(企画・設計協力・運営)など。近著に『テンポラリーアーキテクチャー』『CREATIVE LOCAL』(ともに共著、学芸出版社刊)など。