1982年から放送が開始され、3月31日を持って終了を発表した『タモリ倶楽部』(テレビ朝日系)。その人気コーナー「空耳アワー」で紹介された曲を32年間まとめ続け、データベース化し続けているとんでもない方がいる。
空耳アワー研究所・所長の川原田(かわらだ)さんだ。『空耳アワー辞典』として発刊した同人誌はコミックマーケットなどで大人気。いまや有名サークルのひとつであり、番組が終了した現在でもSNSなどで問い合わせが止まらない。
今回はそんな川原田さんにインタビュー。「なぜ空耳アワーにそこまで魅せられたのか」「オタクだからこそわかる空耳アワーの素晴らしさとは何か」などを聞いた。
3500曲で特に大変だったのはモーツァルトの「レクイエム」
──川原田さんは1992年の空耳アワー放映開始からこれまでの回をデータベース化してまとめています。書籍の内容について教えていただいてもいいですか?
「『空耳アワー辞典』はコーナーで登場した楽曲名、アーティスト名、収録アルバム名、空耳が聴こえる時間、空耳に聴こえる日本語、番組内での賞品をまとめたものです。今まで放映された約3500曲についてまとめています」
──すごすぎる……。だって番組内では楽曲名とアーティスト名、空耳が聴こえる前後数秒しかわかりませんよね。
「そうなんですよ。だから、配信サービスが解禁される前までは放映後にCDを買ったり借りたりして、実際に聴いて調べています。
いや、これがすごく大変なんですよ。例えばデスメタルのバンドだと、終始何を言っているのかわからない。集中して聴いていても聴き逃すことなんてしょっちゅうなんです。わからないまま曲が終わってしまって“あれ? いつ空耳聴こえた?”みたいな」
──(笑)。
「プログレ系バンド(※)の曲は10分以上あるものが多いので、聴き逃したらいちからやり直さなきゃいけなかったりね(笑)。
それと、番組内で流れた曲がオリジナルとは限らないんです。ライブバージョンとか、再録バージョンとかスペイン語バージョンとかね。それを番組内で表記されないので、同じ曲でもいろんなパターンを片っ端から聴いていくしかない。これがけっこう大変なんですよ」
※プログレ系バンド:前衛的で難解な曲構成が特徴のジャンル。代表的バンドはピンク・フロイド、キング・クリムゾン、イエスなど。
──特に大変だった曲は何ですか?
「モーツァルトの『レクイエム ニ短調』は大変でしたね。まず同じ曲でも指揮者別にいろんなCDが存在するんですよ。
それでやっとのことでカラヤン(※)だとわかっても“いつ収録されたものなのか”という問題がある。それでまたいちから聴いて……やっとのことで番組で使われた音源を発掘するという……。
だからただ書き写しているだけではないんです。大変なんですけど、やるって決めちゃったもんだから、もうやり切るしかないんですけどね」
※ヘルベルト・フォン・カラヤン:オーストリア=ハンガリー帝国出身の指揮者で、クラシック音楽界において最も著名な人物のひとり。
幼稚園のとき、すでに「空耳」のおもしろさに気づいていた
──そもそもなぜ空耳アワーの楽曲をまとめようと思ったんでしょうか。
「もともと洋楽が好きなんです。自宅には約6000枚CDがありますが、これは空耳アワーのために集めたというよりは、CDコレクターとして集めたんですよね」
──小さいころから洋楽はお好きだったんですか?
「そうですね。母親が洋楽好きで、ビートルズやらピンク・フロイドやら、ジャンル問わず洋楽のレコードが家にたくさんありました。物心ついたときから自然と洋楽を聴く生活でしたね。
それで小学生低学年くらいかなぁ……マイケル・ジャクソンの『P.Y.T. (Pretty Young Thing)』という曲を聴いていたら、ある一節が“は~なのあな~♪”ってはっきり聴こえてしまったんですよ。それがもうおかしくて(笑)」
──番組ができる前に自力で空耳のおもしろさに気づいたんですね。
「そうなんですよ。いま聴いても鮮明に“鼻の穴”って言ってますからね。あのスタイリッシュなマイケル・ジャクソンがキレのあるダンスを踊りながら“鼻の穴”って歌ってるのを想像すると、なんだかおもしろいじゃないですか」
──たしかに(笑)。「かっこいい海外アーティストがくだらない日本語を言う」というギャップのユーモアは、空耳アワーのおもしろさの理由のひとつですよね。
「そうだと思います。あんなスーパースターがね(笑)。当時は友達と共有することもなく、ただひとりで笑ってました。
それから小学生のときにラジオやアナログレコードで洋楽を聴いていたら、FMラジオの『ポピュラー・リクエスト・アワー』という番組で空耳を取り上げるコーナーがあったんですよ。それで“あ、これ僕が小さいころからやってたやつだ”と」
──すごい。そこでつながるわけですね。
「そう。それで慌ててメモを取りはじめたんです。ただ初回から聴いていなかったんで、全部はメモが取れなかった。“どうせならコンプリートしたかったなぁ”というモヤモヤはあったんですよ」
──小学生のときから”コレクター魂”が宿っていたのがおもしろいですね。
「いま考えるとそうかもしれませんね。そんな中1992年、タモリ倶楽部を見ていたら“空耳アワー”というコーナーが出てきて、“これ、僕がやってたやつだ”と。それでルーズリーフとペンを引っ張り出して、全部メモしていくという”業”を背負うことを決めたんです。
ただ当時はこんなに長く続くとは思っていなかったです。最初は本当に”自分用”だったんです。あとで聴き直したいから、CDの秒数も一緒にメモするようになったし、順不同だと見にくいからエクセルで五十音順に並び変えたんです。するといつの間にか辞典になってしまったという…..。
そんな中、いま空耳アワー辞典の校正などをしている先輩に“コミケには”評論”というジャンルもあるから、出してみたら?”と言われて、1996年に初めて同人誌として製本しました。それから頒布を始めた経緯もありますね」
お気に入りの作品はジプシー・キングスの『ベン、ベン、マリア』
──これまで32年の歴史でお気に入りの作品とかあるんですか?
「そうですね……どれもおもしろいんですが、ジプシー・キングス『ベン、ベン、マリア』の“あんたがた ほれ見やぁ 車ないか… こりゃまずいよ……”という空耳は印象深いですね」
──カップルが喫茶店から出てきたら、路上駐車していた車がレッカー移動されているVTRと一緒に流れたヤツですね(笑)。
「そう。この作品が出た当時はまだひと言ネタっぽい、短尺のものが主流だったんですよ。でもこの作品はまず4フレーズにわたって連続して日本語に聴こえる。それと、何より文脈がちゃんと通っているんですよね。優れた空耳作品です。
人気の火つけ役というか……この作品から、長尺の作品が増えていき、空耳アワーの人気が出てきたのを肌で感じていました。番組のターニングポイント的な作品なのかなと思いますね」
──たしかに空耳は長尺であるほどおもしろいですし、謎の感動も生まれます。
「ですよね。それでね、僕はこの空耳作品をきっかけにジプシー・キングスが大好きになって、来日ライブを観にいったんですよ。それでライブのパンフレットを買ったら“みなさんご存じかもしれませんが、この曲の冒頭部分がこういう日本語に聴こえるんですよ。ぜひ聴いてみてください”って、空耳ネタが紹介されていたんですよ(笑)」
──え~、すごい!(笑)。深夜番組のいちコーナーが世界的アーティストの紹介文を変えてしまったんですね。
「そうなんですよ。“勝手にこんなことを紹介してジプシー・キングスは怒んないのかな”ってちょっと不安になっちゃいましたね(笑)。でもそれほど認知された空耳作品ということで、思い出も含めて、とても印象に残っています」
──空耳アワーで好みの音楽に出会えるのもおもしろいポイントでしたよね。
「そうですね。自分の趣味だけでは、ジャンルが偏ってしまうと思うんですけど、32年間、半ば強制的にいろんなジャンルを聴きましたので……。
シャンソンとかデスメタルとか南米・アフリカの民族音楽とか、自分だけでは聴かなかったと思いますね。空耳アワーがきっかけで好きになってCDを集め出したアーティストもいっぱいいます。その点は続けていてよかったところですね」
※後編では「番組終了にあたっての思い」について存分に語っていただく。
(取材・文/ジュウ・ショ、編集/FM中西)